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どすこい!WEB3.0


紫波町がWEB3タウンとしてがんばっていくという表明をした。

これが6月のことだったのだが、なんかやる気らしいということは知っていても、実際には何をするのか全く分からなかった。

自分が危機感を感じ始めたのは9月になってからのことで、上記ページに書いてあるプロジェクト例のひとつ「ふるさと納税の返礼としたデジタルアートのNFT化」という記述に触発された私も所属している地域団体のメンバーが、今話題のAIアートを始めたからだった。

《クリエイターではなかった人がある日突然重厚な絵画で殴ってくる》!
この衝撃はすさまじく、一応クリエイターの端くれである自分としては、まずこの事態を自分なりに分析して、それに対して自分はどういう風に対応していくのかを定めなければならなかった。

そもそもWEB3.0ってなに???NFTとは…?
ブロックチェーン技術…??????????

調べれば調べるほど、今までの自分が世界に対していかに無知かを実感することになった。今回の記事では自分なりにいま理解していることを整理していこうと思う。


■WEB3.0とは?

現代のインターネット事情をWEB2.0として、その先にある姿を示している。

WEB1.0とは、インターネットが普及し始めたころのこと。まだネットの回線も弱く、企業や一部の人がホームページを作って一方的に発信を行っていた段階。一方向の状態。

WEB2.0とは、インターネットが普及し、SNSなどで個々人が発信したものを見た別の人が反応し、それにまた反応を返す、双方向の状態。ただし、それはごく一部の強力な企業(GAFA/Google,Apple,Facebook,Amazon)によって支えられており、SNS登録者の情報はそこに集中する中央集権的な仕組み。

WEB3.0はその現状に対するアンチテーゼとして出てきた概念で、一部の企業に依存するのではなく、個々人がそれぞれに発信する権利と機能を持つのだという。分散型インターネット。まだ自分の中でイマイチ整理がつかないのだが(例えばじゃあ、SNSなしにどうやって発信するわけ?とか)、いちいち発信するために新しいサービスにアカウント登録して、個人情報を入力して…とせず、その情報は自分個人のみで確保しながら、情報発信や組織の運営に参加していく仕組みだという。そしてそれを支えていくのが後述する技術というわけだ。

■ブロックチェーン技術

まずは根幹となるブロックチェーン技術だ。
デジタル機器の間ではデータベース(以下DB)と呼ばれる電子帳簿が使用されている。電子帳簿という言い方をしたが、そこに内包されるデータはとんでもない数になっていて、ここから欲しいデータを検索してきて表示するというのが基本的な使い方だ。例えばネットショッピングでも、何千何万という商品のデータや在庫数などあらゆる情報がDBに入っていて、ここに入れたり取り出したりすることで現代のシステムは成り立っている。このDBはサーバーと呼ばれるPCに保存されていて、例えばそのPCが壊れてしまうと、DBの情報も失われてしまう(このため、複数のサーバーを立てたりバックアップを定期的に行う措置は取られている)。
ブロックチェーンはこのDBを、インターネットを通した複数のサーバー間で共有し、膨大なデータに紐づかせて改竄を難しくさせた技術、っぽい(あってる???)。詳しくは総務省のページを見てくれ。

追記:上記説明はどちらかというとクラウドの考え方っぽい。クラウドでは複数のサーバーにデータを取っておいても結局管理者が一斉シャットダウンすればサービスが閉じられてしまうが、ブロックチェーン上では管理者に留まらずあらゆるコンピュータが同期を取りP2P(一対一)で通信しながら同じデータを共有する。そしてそれぞれのコンピュータが同じデータだと保証し、また過去から現在までのデータ(ブロック)の繋がり(チェーン)も情報に含まれているため、データを改ざんするためにはすべてのコンピュータを、過去から現在まで含めて手を加えなければいけないため、実質的に難しい(不可能とは言ってない)。これらのことから、データの信頼性が過去のものとは比べ物にならないっぽい。

■NFT

さあ、やっかいな部分に入っていく。
NFTとは「Non-Fungible Token」の略で「代替不可能なトークン(インターネット上でやりとりする暗号資産)」だという。わかった?
そもそもトークンが何なのかっていう話だけど、マジックザギャザリングというカードゲームをやっているとトークンという言葉がよく出てくる。
「実物ではないが仮想的に存在するもの」というか、実態を持たないけどあると仮定するもの、というか。
仮想通貨がまさにそれで、実際に貨幣として存在するわけじゃないんだけど、価値あるものとしてインターネット上では存在している。そして、これの存在を保証しているのがさっき書いたブロックチェーン技術というわけだ。
NFTというのは仮想通貨にとどまらず、さまざまなものに付与することが出来る(デジタル所有権ともいうらしい)。最初に書いたデジタルアートのNFT化の話がそれで、これまでデジタルイラストといえばコピペ出来たものが、仮想的に所有権を譲渡したり取引したりするようになっていく。ここが大事なところで、実はそういった「モノ」に留まらず、あらゆる取引にNFTを適用することによって、デジタル上でのやりとりは透明性と信頼性を得ていく。こうして構築された自動的な仕組みはスマートコントラクトと呼ばれ、このシステムを基盤とすることで、分散的インターネットであるWEB3.0が実現されるというわけだ。

■メタバース

WEB3.0といえばメタバースという流れになっている。
メタバースは、これまでの言葉で言ってしまえばVR空間なわけだが、例えばVRゲームの世界でのみ存在する閉じた世界ではなく、その空間は世界規模でインターネットで繋がっている。3DCGの進歩によって実現される世界だが、それが秘めている可能性は宇宙開発に匹敵、いや、それどころかもはや神のように新しい世界(バース)を創造していくものだというくらいの技術的大革命だと、先日紫波町図書館で借りた本に書いてあった。

非常に刺激的でかつ、焦りを感じる内容なのでぜひ読んで欲しい。
ただ注意しなければいけないのは、メタバースは必ずしもNFTの技術を必要としないことだ。ただNFTのプレゼンのためにメタバースとセットにした事例が多いだけで、同じWEB3分野ではあるにしろ、同じものだと混同してしまうのはよくない。また、紫波町が目指す方針はメタバースではなくNFTの方が色濃いため、今回はこの程度に留めておく。

■DAO

これが紫波町が言っていることの本質のように思える。
「分散型自律組織」の英語表記頭文字を取ったものがDAO(ダオ)と呼ばれ、つまりは一部の権力者が中心にいて運営をしていくのではなく、一人ひとりがそれぞれに投票権を持ち、それぞれが役割を果たすことで組織を運営していく仕組みだ。ここまで書いてくると、WEB3.0の理念そのものとも言えそうだ。
紫波町に住む町民一人ひとりが町政に参加し、紫波町を動かしていく。一見素晴らしいことのようにも思えるが、一方で個人的には疑念もある。

第一に、すべての町民に町政への参加権を与えたところで、それを行使するためのデバイスを高齢の方まですべて等しく持っているか、扱えるかという部分がある。
第二に、その参加権を町外・県外の人でも優秀な人材に与えることによって、地域の垣根を越えて素晴らしい政治を行えるかというと、どうなんだろうか。それは今現在町内で反発を招いている、外部から来た人に対する「よそ者」への反発と起こることは変わらない気がする。
第三に、「例えばそうした参加権、投票権を、自分より政治に詳しい人に託すことにより、より専門的な議論が出来る」という話が講演会であったのだが、結局それって選挙のことだし現状と何も変わらないのではないか。そこまでして運営の体制を変更する必要はあるのか。

一応パッと考えただけでこれだけの疑念が出てきたが、一方でそれでもこの方針を進めようということは、それを乗り越えるだけの方法がある/または考えていこうということなのだと思う。

追記:DAOはトークンの分配を前提として、スマートコントラクト上であらゆる意思決定がスピーディに行われるという話。オリエンタルラジオのあっちゃんがやっているYoutube動画では「ウェブ上の株式会社」と言われていた。しかも株式会社が行う資金調達をトークンによって行えるため、現実とは比べ物にならないプロジェクトの実行スピードを持つのだという。ふーん(まだよくわかってない)。

■紫波町のWEB3.0

ということで、WEB3.0の要素をいろいろと書いてきたが、紫波町が重視していることは
①NFTによる財源の確保
②DAOによる町政の改善

がメインであるように思う。

①については、紫波町独自の仮想通貨を作成し、価値を作ることによって財源へと変えていこうという壮大な話はわからなくもないのだが、具体的にどのような方法で価値を生み出していくのかはまだイマイチぴんと来ない。
②についても書いた通りだ。

追記:NFTを実現するということは、DAOを円滑に回すということでもあるようだ。財源確保の方にばかり注目してしまったが、そもそもNFTは必ずしもお金に換えられないもの=価値を作り出すということである。簡単に言えば紫波町ポイントを作って、それを換金は出来ないけどDAO内では報酬として配布してもらって嬉しいだけの価値を生み出さなければいけないよなー。

ちなみに先日紫波町で行われた講演会の様子もYoutubeにアップロードされている。

ここで驚いたのは、識者をもってしても「とりあえず走りながら考えていこう」というスタンスが是であるということだった。普通こうした重要な政治的決断は、練りに練った基本計画があって然るべきだ。

ただ、それにはこういう理由があった。
WEB3.0を始めとした仕組みには現在の法律自体が全く対応しておらず、アイデアベースで進んでいってもすぐに法律の壁に当たることになる。その時にいちいち計画を一から練りなおしていては全く進めないため、とにかく走り出しておいて、壁に当たったら修正しながら進めるようにフレキシブルに行こうと思うとこういう方式しかないのだ、と。

それじゃしかたないかもー!\(^_^)/

また、今回のWEB3タウン宣言の重要なところは、《日本の自治体で最初に表明したもの》というアドバンテージを狙ったもので、実際にこの講演会には東京などからもわざわざ人が聞きに来たりしていた部分も、それを裏付けていた。メディア的にもある程度の注目は集めたらしく、もしかして一部界隈では紫波町はすでに有名になっているのかもしれない。

というわけで、仲間の暴挙(?)から始まった私自身のWEB3.0の勉強も、これから紫波町と並走していって色々と積み重ねていこうという所存だ。

今後も進展があるたびにこうした記事は書きたいが、もし記述として間違っている部分があれば、遠慮なく指摘していただければ幸いだ。

ガンバルゾ~<(^_-)/☆ミ

■余談

あ、そういえば結局冒頭のAIアートはどうなったのかというと、個人的には自分なりの向き合い方が見えてきた。

ひとつは、クリエイターじゃない人が突然AIアートを出してきても、最初ほど意味は感じなくなってきたこと。批評家が上手に作品を作れるわけではないのと同じで、クリエイターじゃない人がクリエイト(と言っていいのかとすら思う)してきたものはやっぱりそこまで心が動かない(飽きた)…。

もちろんそれをいいと思う人も出てくると思うが、結局は道具なので、それをどう使うかという方が重要なんだなと思った。そしてLINEで使える画像生成AIを自分でやってみたけど、それはクリエイトという行為とは程遠いものなのだった。

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