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肉料理をやめた三つ星シェフ

アラン・パッサール、というシェフをご存知だろうか。
勿論知ってる、という方、なんとなく聞いたことあるかな、という方、様々だと思う。
アラン・パッサールさんは、お肉料理とその火加減のエキスパートであるがゆえ「肉の魔術師」と呼ばれたフレンチの3つ星シェフである。
10数年ほど前、フミコの柔らかな指〜料理の生まれる風景〜という本に出会い、その本の中にまだプロの料理人になる前の狐野扶実子さんが、あこがれのアラン・パッサールさんのレストラン、アルページュの門をたたき働かせてもらう、というくだりが出てくる。
そこで私ははじめて、彼の名前を知ることとなり、フミコさんはアランパッサールさんを知るきっかけを作ってくれた人、だ。

アランさんは、現在も3つ星シェフだが、今は「肉の魔術師」ではなく「野菜の魔術師」だ。
彼は自身の店で15年間肉を出し続けたのち、1998年に肉料理を出すことを突然辞めてしまった。
1年間の休養を経て再開したのち野菜料理だけを出すようになり、当初は逆風に打たれ顧客も離れていき評論家や新聞も騒ぎ立てたが引き続き野菜料理を出すアルページュで3つ星を獲得する。
これまでの伝統や習慣、名声や肩書までを捨てる覚悟をもって肉を使うことをやめ野菜だけを使うと決めて、また最高の評価を得るようになる、それは誰にでもできることでは決してない。

私は自分のブログやSNSでも、狐野扶実子さんやジュエル・ロブションさんに影響を受け、ロブションさんにおいては今だ勝手に師匠だし、またアイドルシェフはアラン・デュカスさんであることも何度か書いているが、アラン・パッサールさんは別格で、なんというか、雲の上の存在ではあるが、同時に勝手に心で何かつながっている感じがするのだ。同列に並べる方でないのは重々承知の上で、である。

ではなぜ、アラン・パッサールさんが別格の勝手に心の師匠なのか。


ネットフリックスのドキュメンタリーにシェフズテーブルというシリーズがある。
https://images.app.goo.gl/k6NhjadGwAMsBz3w5
その中にアラン・パッサールさんの回がある。その回が好きすぎて何度見たかわからないくらい見ている。
最初は衝撃で、そのあとは確信や勇気や憧れや尊敬やいろんな思いをもって繰り返しみているが、そこから以下、彼が話しているシーンを少し書き起こしてみた。

アルページュでは15年間、肉料理を出した
皆、肉を食べにきたよ リブ肉や ラムの足 子牛のチョップを食べた
最高の肉料理を食べられる場所だったんだ
だが98年のことだった
終わりが訪れた
私は感じていた
肉料理をやめる日がくると
死んだ動物を扱ってきたせいなのか
血を見てきたせいなのか
肉を調理するのがとてもつらくなった
私は体にいいことをしていないのではないか
そう感じるようになり不安が襲ってきた
私の中で何かが弾けた

分かっていたのは 動物の肉はー
もう使わないということ

昔を振り返った時思いついたんだ
ビーツは肉のように塩釜焼きで調理できて
セロリは燻製にできる
玉ねぎのフランベやニンジンのグリエもだ
私は肉に対する火の使い方を野菜に応用することにした
私はそれまでリーキやカブ ニンジンに注目していなかった
情けなかったよ
情熱が戻ってきてまた作りたくなった
料理についてまた新しいことを発見できたことがとても嬉しかった
新たな見通し 新たな味 新たな香りと料理の音

一番重要だったのは 料理に喜びを見いだせたこと
メニューは野菜料理だけ
三ツ星を獲得した肉料理をなくすことにした


映画の中である評論家がこう言っている
『フランスでは三ツ星レストランが肉料理の提供を辞めるなんてことは文化への冒涜よ
犯罪といっても過言ではなく、ありえないことだった』

そしていたずらをしたあとの子供のような顔をして彼(アラン)は言うのだ
「少々衝撃的なことだったらしい」
店もお客様も星も、すべてを失うと思っていた、とも語っている


映画の中で、その美しい野菜料理や料理している様子、農場でのやりとりなどたくさんのシーンが出てくるのだが
何度見ても感嘆と感動、高揚に包まれ(いや、大袈裟みたいだけど、ほんと)最後に拍手してしまう。
私が野菜を使う側の立場だ、ということもあるだろう。
彼に何があったのかは、そんなに細かく描かれていないけれど、肉の魔術師ともいわれた三ツ星シェフが、
肉を使わなくなり、野菜を使い始める、その間には何らかの大きな意識の変革があったにちがいない。

きっと人間として、同じ動物として、死んだ動物を扱うキャパシティがいっぱいになってしまったのではないか、そのコップがいっぱいになる容量はアレルギー症状が出るまでの過程ように人それぞれだけど、いつしかやってくるもの、かもしれない。と映画の中で繰り返し内臓を引き出す映像を見ながら思うのだ。
そして何より自然を、季節を味わい、自分の農園でとれた特別な野菜で人々をもてなすことにこの上ない喜びを見出し感じ、今は日々幸せに包まれているのだと思う。

※現在のアルページュではお肉料理も出しています







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