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猫[短編小説]

 6000文字程度の一次創作短編小説です。あまり頭使わずに書きました。人によってはグロいと思われる描写あるので苦手な方はすみません。

 

 15年ぶりに猫を飼い始めた。理由は色々あるが、どれも人間都合な理由ばかりで、猫、以降は彼と呼ぼう、彼の利益になる理由を持ち合わせてはいない。
 私は30超した独身貴族だったのだが、ついに孤独に耐えられなくなった。ひょんなことから15年のペットロスを克服し、彼と共に生活を始めた。
 彼は体が大きいものの、まだ1歳になりたてで寂しがり屋の赤ちゃんだ。彼の名前は空くんだ。空色の瞳が魅力的な白い短毛猫で、保護猫として保護親に変われていたところを私が引き取った。

 飼い始めた当初、私は彼を幸せにすることに必死だった。

 保護親の下で彼は母猫と共に暮らしていたので、悪い言い方をすれば私は私の都合で彼と母との仲を引き裂いた張本人なのだ。だからこそ、あちらの家で飼われていた時の何十倍も良い思いを彼にはさせてあげたいと思っていた。なので仕事以外では極力彼に寄り添ってみた。

 彼が窓の外を眺めている時は隣でずっと一緒に眺めたり、彼が歩く後ろについていったり、彼が興味を持つものを観察し研究してみたり。そうすることで見えてくる世界は変わった。

 彼は私が思っている以上に、人間都合でなんか生きていない。彼はとても自由だ。自由故に人間の事は下に見ているが、それがまた愛おしかったりする。そして彼の面倒を見ることで励まされている自分がいる。この子には私しかいないんだという責任感が、私から孤独を取り払い、自身を強くさせてくれたと思う。

 
 「そろそろ結婚しないのか。」残業終わりでへろへろ状態で家に帰り、寝ようとすると、実家からそのような電話がかかってきては、「相手いないから。」と言ってワン切りする日々が続いた。
 昔から私に社交性がないことを親はわかっているからこそ、親として自分の娘がいつまでも独身でいる事がいたたまれなくて仕方ないだろう。でも、私からしたら、余計なお世話だった。独身生活は私にとっては楽園みたいなものだ。だが、それは私がこれ以上傷つかない為に行っている防衛行動でしかないのもしっかりとわかっていた。


 私は、異性が苦手だ。苦手だし、生理的に無理なところまで到達している。仕事で関わる分には耐えられるが、交際は本当に虫唾が走る。昔何回か異性と付き合ったことがある。学生時代、社会人になって数年は、私の全盛期だったかもしれない。恋愛はまぁまぁ楽しかった。愛という無償の居場所というものを相手が提供してくれるから、私は安心できるし、私もそれを提供すればするほど、相手が応えてくれることもある。とはいえ、昔も今も、異性は私と分かり合えない。必ず私を傷つけてくるものだという認知はどうしても消えない。愛に必ず生々しく痛い行為が必要であることの意味が分からなくて、私はそれを相手に要求されたら、その後一切の関わりを断った。結局、異性はそればかり私に要求してきて、長続きしたことは一度もない。世間的に見たら私はガードの堅く子供っぽいつまらない女だ。ガードが堅いのは恋愛だけでなく友人関係もそうだった。

 気づけば嫌いになっていたのは異性にとどまらなかった。人間が嫌いになっていた。そして、自分と合わない人と片っ端から関係を切っていたら、いつの間にか孤独になっていた。
 でも、私はそんな自分に納得していた。女も自分の幸福の為だけに生きても良い時代になったのだから、この時代の流れに乗るっきゃないでしょ。それくらい吹っ切れていた。だから、ここ数年間私は私が築いた王国の女王だった。仕事以外では、私は何にも煩わされず、誰からも傷つけられず、好きな時に好きなことを行い、自分の為だけにお金を使い、自由気ままに猫のように生きてきた。
 
 私が31歳の誕生日を迎えた朝。その日の予定は必ず前日まで手帳にメモしておき、起きたらすぐ手帳を読む習慣がある。
 その日の予定は、前から行ってみたかったインスタで有名なケーキ屋で予約していたバースデー仕様の猫の顔型ホールケーキを受け取り、3日前に海外から取り寄せ届いたローズヒップティーを淹れ、優雅にそれらを頂くことだった。
 三十路になると、私も仕事で出来る事が多くなったので色々任せてもらえるようになり、同時に給料が急に上がったので、やりたい事をするのにお金の心配をしなくてよくなったのは幸せだった。それでも貯蓄をすることはかなわないが、若い頃よりは自由が利くようになって楽しい。だから私にとって年をとることはさほど怖くなかった。しわやしみが増えても、私は自分が快適で納得できる世界を獲得したので、年をとって自分の見た目が変化することは問題に感じなかった。私は仕事以外では他人と関わらないので誰にどう思われても平気であった。考え出したところで、私は私の王国を壊すしかなくなるだろう。それだけは絶対に嫌だった。


 その日も難なく仕事を終えた。さすがに誕生日なので残業はせず定時で上がり、軽々しい足取りでケーキ屋に向かった。会社はオフィス街の中にあり、ケーキ屋は環状線2駅先にあるので、電車に乗ってたどり着いた。駅前には壮大な繁華街とごちゃごちゃした交差点が広がっている。この街自体は混沌としていてたまに変なにおいがするのであまり好きではないが、流行の最先端な雰囲気や、お洒落なものが多い所は好きだ。
 人ごみをかき分けだだっ広い交差点の長い信号を待つ。待っていると、ふと女性に声をかけられた。
 「私、保護猫の養育をしている団体の広報ボランティアの者です。保護猫の飼い主になりませんか?ご協力よろしくお願いします。」と言われ、猫のイラストとホームページとメールアドレスなどが載ったビラを渡された。
 いつもの私なら、こういった勧誘から声をかけられてもガン無視するのだが、その日は誕生日という事もあって気分が良かった。「検討します。」とにっこり答え、ビラをもらった。ボランティアの女は「ありがとうございます!」とはきはきした声で礼を言いお辞儀した。何だかもっと気分が良くなってきた。

 長い信号を待つ間、もらったビラに目を配った。
 「年間数千匹の猫たちが放置されたり殺処分されています。あなたの善意で、猫たちの未来を救いませんか。」と書かれている。
 猫、か。いいな。猫飼いたいな。そう思うのと同時に、16歳の時、実家で飼っていた猫が酷く衰弱して死んだあの日を思い出した。


 その猫は野良で生まれつき持病を持っていた。親はそれを了承して、私が8歳の時、うちに引き取った。白くて青い目を持った細身の女の子で、その目が海みたいで綺麗だったからマリンと名付けた。

 可愛くて毛並みがさらさらしていてとても人懐っこい子だった。病弱だったから家の外には絶対出さなかったが、もともと外にいた子だったからだろうか、外の世界に興味津々で、日中はずっと窓の外を眺めていた。私もマリンの隣ですっと外を眺めるものの、ずっと単調な風景だから私は10分もしないうちにその行為に飽きてマリンから離れた。でもマリンはずっと窓から離れなかった。まるで誰かをずっと待っているかのように窓際に張り付き、たまに香箱組んでうとうとしていた。マリンの見ている世界が気になってはいたが、そこまで探求するほどの忍耐というか深みのようなものを、当時の私はまだ分かっていなかった。でも、マリンはいつも私を見ていたと思う。賢い子だったので、人間の行為に興味津々だった。私が何かしているとよくちょっかい出したり、そばで見守ったりした。机で勉強していると、机に上ってきてノートや教科書の上にゴロンと寝転ぶので、私はその白いおなかに顔を押し付け対抗したりした。冬で寒い日はマリンを無理矢理布団の中に入れて湯たんぽにしては嫌がられて引っかかれてから勢いよく布団の外へ飛び出すと、寒くなり結局10分後自分から布団の中に戻ってきた。賢い子だが、そういう所は馬鹿だと思っていた。


 マリンが7歳になると、持っていた持病が悪化し始めた。獣医は、マリンを延命させたいなら手術を受けさせるべき、と言っていた。私はマリンに長く生きてほしかったので、親に、マリンに手術を受けさせたいと頼んだ。しかし親は、あんたの養育費で家計が火の車だから、残念だがマリンは寿命を全うさせる、と強く言った。私は、何にも返せなかった。私のせいで、マリンは生きたくても生きられない。いたたまれない気持ちだった。それからゆっくりと時間をかけてマリンは弱っていった。餌も食べず大好きな窓際にも張り付かず、ずっと暗い所で寝てばかり。私は、マリンに謝ったが、マリンはにゃあと鳴く元気すらなかった。結局、穴という穴から血を流しながら苦しそうにして死んだ。


 あれから数年間は猫を見るたびに衰弱しきったマリンの姿が脳裏に浮かび、悲しくて、気持ち悪くなった。
 独身時代に突入し自分のやるべきことに追われ始めると、自然と猫に対するそういったネガティブな反応が出なくなっていた、いや、出ないようにしていたのだが、今、軽々しく猫飼いたいなと思ったら、鮮明にフラッシュバックした。
 気持ち悪くまではならないものの、この一瞬で悲しくて寂しくてやるせない気持ちに襲われた。
 私は何も強くなったわけではない。ただ弱さを自由という羽のように軽くて薄い壁で覆う行為を行っていたことで、自分が多少強くなったような錯覚を起こしていただけだった。
 気づいたら、信号を待っていた者達はすっかり信号を渡り切っていて、歩行者信号は点滅していた。私はビラを手に握り、走って横断歩道を渡り切った。

 坂を上り、ケーキ屋に入る。案の定学生や若者が多く、私のような大人は店内にいなかった。店内ではコールドプレイのViva la Vidaが流れている。若い店員に注文をすると、予約していたケーキを持ってきてくれた。「チョコプレートのお名前、こちらで間違いありませんか?」と言われた。猫の顔型チョコの上に私の名前がちゃん付けで書かれていて、プッと吹き出しそうになったが我慢し冷静に「あってます。」と答えた。金を払い、ケーキを持って店を出た。


 坂を下り駅へ帰る。平日の夜18時。いろんな人が居る者だ。ラブホ街から出てくる若い女と太った中年。何語だかわからない言語を話しながら闊歩していく若者集団、ゲロ吐いて倒れている若い女の酔っ払い、なんか知らんけど土下座されながら女に蹴られているオッサン、道を塞ぐユーチューバーらしい若者、さっきのボランティアが坂まで来てビラを配っている。ほんまくっせぇ街だ。早く家に帰りたい。若者たちよ。私を見なさい。私みたいにおばさんになりますとね、坂をピンヒールで走っても転ばないし、ケーキも傾かないのですよ。これが格の違いです。アホやってないでとっとと帰れ、私。

 家に帰った。ニコニコでケーキの箱を開け、皿に乗せてテーブルに出す。こってりとしたチョコスポンジ生地にイチゴや桃、杏、メロン、ブルーベリーを飾り、それらに絶妙にマッチしたホイップクリームを塗ったくった猫型ホールケーキだ。紅茶をいれようと思っていたが、気分的にお酒を飲みたかったので、急遽予定を変更し、寝かせておいたフランスの白ワインをグラスに注ぎ、顔の端っこから贅沢にフォークでえぐって食べていった。やはり人気店なだけあって、見た目だけじゃなくて味も最高級だ。甘いケーキには甘いワインが進む。今日はケーキが夜飯だ。明日ジムがあるから、今日ぐらいはデブ活したって問題ない。えぐっては食べ、またえぐる。たまにワインを口にする。暴力的な甘さで震える身体をいなす。悪酔いしたかもしれない。本当は寂しかった。目から涙が溢れていた。さっきもらったビラがくしゃっとなって、テーブルの隣に置かれていた。


 ビラが突然動き出した。くしゃくしゃがなくなってぴんとなった。書かれていたイラストが鮮明に見える。白くて青い目の猫ちゃんだ。マリンみたいだ。どこからか、「あんたは何も悪くないわよ。」と声が聞こえた。優しく高い声だった。私は「あ?」と言った気がする。酔っぱらってたからよく覚えてない。「いい加減引きこもってないで外の世界に目を向けなよ。」ってその声に言われた。痛い所突くのやめてほしいんだよなぁ。
 「うるせぇ!」
 
 目を覚ました。夢か。ケーキを一気食いすると私はそのまま落ちてテーブルの上で眠っていた。変な格好で寝ていたので背中が痛い。スマホで時間を確認する。親から1時間前に不在着信が来ていたのか。今は夜中の2時だ。さすがに折り返す気にもならない。私はすぐに皿とグラスを洗い、メイクを落として風呂に入って最低限のヘアドライとスキンケアをして寝た。
 いつもの時間のアラームで起きる。昨日深酒して炭水化物しか食べてないので身体に応えている。これからあぁいう事はやめよう。もう若くないんだからな。手帳を見る。今日は仕事終わったらジム行く予定だ。今日もやることやろう。


 寝室から出て歯を磨きながらリビングをうろつく。昨日もらったビラが置いてある。くしゃくしゃだ。昨日の団体のサイトのQRLコードが載っている。特に理由はないが、覗きたくなったので、歯を磨きながらスマホをかざしてサイトを見てみた。保護猫のプロフィールがたくさん載っていて、気になる子がいたら問い合わせのメールをする仕組みになっている。マリンに似た子いないかな。気が付いたら10分も歯を磨いていた。この日の朝はあまりにぼーっとしていたので、いつもならメイクにたっぷり時間をかけるが、仕方ないので最低限のメイクをして、納得できないまま家を出た。
 結局その日はずっとぼーっとしていた。仕事に支障は出さなかったものの、ジムに行くはずが、ずっと気が狂ったかのようにあのサイトで白くて青い目の猫を探していた。その日は見つけられなかったが、後日見つけることが出来た。


 「N県N市の老人宅で放置猫として見つかりました。母猫と6匹の兄弟がいて、その子たちの飼い主になってくれる方も探しています。詳細が気になる方はメールでご一報ください。」とプロフィールに書いている。更新は30分前。私はその子を取られたくない一心で、メールを出した。
 30分後に公式からメールが返ってきて、そこから彼を引き取る話が前向きに進んでいった。幸い私の家は賃貸だがペットを飼う際は別料金を払えば一匹のみ飼ってよかった。鬼門はN県まで引き取りにいかないといけない事だが、それぐらい軽々しくできなければ飼い主失格だと思う。


 引き取るのはそのメールの2週間後だった。私はN県へ行き、保護親の下を訪れた。私がまず彼と出会ったときに仰天したのは、彼は体は大きいものの、まだ1歳になりたてでまだまだ赤ちゃんだったという事だ。母親の事が大好きで仕方ないといった感じであった。母親は白毛が混じった三毛猫だった。保護親が彼を抱きかかえると、彼はわかりやすく嫌がって腕から飛び出すと、すぐ母親の元に駆け寄った。
 私はそれを見ていたたまれなくなった。この子は貰うべきじゃないな。母が恋しくて仕方ないこの子を引き離すなんて残酷なこと、さすがの私も出来ないと思った。
 私は保護親にそのことを言った。しかし、保護親は、あなたは昔猫を飼っていた経験もあるしきっと大丈夫、ぜひ引き取り手になってください、と言い、いかにも引き取ってもらいたい感じがひしひしと伝わってきた。彼は私を威嚇することは無かったが、多少の恐怖感は持っていたようで、私を真ん丸な目で見つめていた。
 私は困惑していた。保護親の気持ちもわかるが、彼の気持ちも尊重したい。板挟みになっている時、突然優しく高い声が聞こえた。あの夢の声か。

「あんたが育ててあげなさいよ」
 そうは言われても、相手がそれを望んでいないんだったら無理やり連れて行くのも苦だろう、と心の中で返答した。
「ばか」と言われた。
 ばかとはなんだ。
「あんなガキ、とっとと連れてって親離れさせなさいよ。男はね、マザコンじゃダメなのよ。」
 そんな事言われましても。
「あんたそんなんだからいつまでもガキなのよ。彼氏も友達も作らないで引きこもってばっかだからそんななのよ。まったくもう。ここまで来たのに覚悟すら決まらないなんて本当にばか。私はあんたをそんな子に育てた覚えはありません」と言われた。
 育てられた覚えすらねぇよ。てか誰なんだよお前。そう答えると、途端にあの白くてきれいなあの顔が脳裏に浮かんだ。
「...マリンか、お前。」私はそう言った。保護親はきょとんとしていた。途端に声は聞こえなくなった。

 彼を引き取った。
 彼は最初こそ母親が恋しくて鳴いてばかりだったが、数日経ってからは何事もなかったかのように静かになり、餌ももりもり食べるようになったし、私にじゃれついてくるようにもなった。


 やっぱり猫は可愛い。マリンのこともあって、たまに彼の死を考えてしまうけど、こんなによく食べよく遊ぶ子に対して今はそんなことを考えるべきじゃない。2週間たつと寝ている時に枕元まで来て一緒に寝てくれるようになった。寂しいと思わなくなったし、変に強がることもなくなってきた気がする。猫を飼い始めると、親も私を心配して電話をかけてこなくなった。マリンの声も聞こえなくなった。

 今はそれでいいと思っている。


 ご精読ありがとうございました。

 小説のネタはたくさん思いつくんですが、いきなりリアルが忙しくなり一つ一つ書く時間なくなりブチブチにブチキレております。悲しい。

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