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海がきこえる / 再上映

なにがなんだかわからず、ただ涙が出て堪えるのに必死だった。淡々と、しかし匂いや手触りや空のかたちや海の音がはっきりとみえる、そんな作品だった。海がきこえた。

ジブリが大好きだ。
小さいときから金曜ロードショーでやるたびに、修学旅行のバスの中でビデオが再生されるたびに、食い入るように観た。でも、この作品は見たことがなかった。ネットニュースで再上映をBunkamuraで行うことを知り、行こうと思った。まだ、春が始まったばかりの頃で、私は福岡の実家にいた。
劇場はビックカメラの上の階にあり、7階で、仄暗く雰囲気がある。お洒落なおばあさまや素敵なカップル、きれいな女の人たち…が並んでいて、私もその後ろについた。ぼーっと待っていたら、十分前になったらしく、開演した。スクリーン内は広く、どこか近所の公会堂のようなかんじで、ちょっぴり安心する。もっときらびやかな、洋風のものを想像していたから。
赤い両開きの扉が左右の壁に二つずつ。優しい色した天井ライト。ワインレッドの椅子。始まる予告に会話が少なくなっていく。映画が始まる前の、好きな時間だ。

観ているとき、時間の感覚がなかった。私は彼らの世界にいて、高知での高校生活を味わっていた。同窓会の居酒屋のカウンターに座っていた。吉祥寺駅で彼女をみていた。
終わったあとも、余韻でひたひたになり、エレベーターではなくゆっくりと階段を下って地上まで行く。すごくよかった。そう思いながら、胸いっぱいのぬくもりを溢さないように歩く。ときどきわけもわからず涙が出そうになるから、足元があやふやになったりする。

学生だったときのことを、思い出した。放課後の光が廊下をきらきらさせていたことや、窓際から校庭をぼんやり眺めていたことや、廊下ですれ違ったときに搾り取られるように胸が痛かったこととかを。そういう光に満ちた、今では愛しくてたまらなくなってしまった日々。映画を観ている間、わたしはあの瞬間にいた。角を曲がっていく好きだった人の背中。軽口を叩いて素直に気持ちを伝えられなかった。弱かった自分。毎晩泣きながらガラケーを握りしめていた自分。

とくに夏の描写が印象的で、蝉の声や海のきらめきや薄い服の質感、街の景色の濃さ、人々が落とす陰影、がすごく好きで、ドキドキした。夏が来ることがたまらなく嬉しくなってしまう。吉祥寺に行ったらきっと映画のなかの景色を探すだろう。まだあのプラットフォームはあるのだろうか。あの連絡通路があるだろうか。降り立ったことがない街のことを、そんなふうに考えたりする。行きたい場所が、また増える。

夏が来るまで、あと少し。
今年は海の近くに遊びに行きたいな、なんて、軽率に靡いて、わたしは影響されやすい。
でもそれもいいかもしれない。
海まで行って、夏をききたい。

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