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接点(7)

逢う時にはいつでも他人の二人
ゆうべはゆうべ そして今夜は今夜
くすぐるような指で ほくろの数も
一から数え直して
そうよ はじめての顏でおたがいに
またも燃えるの

愛した後 おたがい他人の二人
あなたはあなた そして私は私
大人同士の恋は 小鳥のように
いつでも自由でいたいわ
そして愛し合う時に 何もかも
奪いあうのよ

逢う時には いつでも他人の二人
気ままと気まま そして大人と大人
逢うたびいつも 違う口づけをして
驚きあう その気分
そうよはじめての顏でおたがいに
またも燃えるの

愛した後 おたがい他人の二人
男と女 そして一人と一人
あなたは私のこと 忘れていいわ
迷ってきてもいいのよ
私何度でも きっと引きもどす
もどしてみせる

(「他人の二人」歌:金井克子、作詞:有馬三恵子、作曲:川口真)

私は、川瀬教授のクレスタの助手席に収まっていた。
まるで旧来の愛人のような顔をして。
城崎温泉の宿で、今夜から繰り広げられる愛欲の営みの数々を思い浮かべると、私の体は芯から潤うのを隠せない。
「奥様は気づいてはれへんの?」
「さぁね」
気のない返事だった。
「バレたら、あたしどうしよ」
「大丈夫だよ。それより長谷川君に知れたら大変だぜ」
「先生のいけず。知ってて、お誘いになるんやから」
「そういうところが、かわいいね」
「あほらし。やめてください」
私はふくれっ面で答えた。
「あの、ほんとに妊娠だけは困りますから」
「大丈夫だって。コンドームを2ケースも持ってきたから」
「そんなにヤルんですか?」
「できればね」
私はあきれてものが言えなかった。
五十ぐらいの男性で、こんなに精力があふれているひとがいるだろうか?
直人のほうがまだあっさりしているくらいだ。
彼は、一度出すと、二回目を要求することは、ほぼなかった。

昼を食べて出発したので城崎温泉に到着したときには夜の七時を回っていた。
「玉藻荘(たまもそう)別館」というひなびた感じの日本旅館だった。
教授が若い頃から懇意にしている「隠れ家」で、奥様とはいらしたことはないそうだ。
女将(おかみ)も心得たもので、私を「若い夫人」だと勘違いしている。
私が教授に言われたとおりに宿帳に「川瀬尚子」と記したからだ。
女将も「奥様も、お着替えがお済になられましたら、お食事をお運びいたします」なんてことを言う。
私は「お尻」がこそばゆい感じがした。
嘘に嘘を塗り上げると、その先はどうなるのであろう?
部屋に通されたが、窓の外はすっかり暮れてしまって景色は皆目わからない。
「ここはね、本館より別館の方が部屋がいいんだ」と教授。
「それから「先生」はよしてくれ。名前で呼んでくれないか?」
「育夫(いくお)さんでええですか?」
「それでいい。ぼくもなおこと呼ぶから」「はぁ」
「内風呂があるんだよ。この部屋は」
「まぁ」
奥に案内されると、かけ流しの岩風呂がしつらえてあった。
外の庭にライティングがされていて、浴室から眺められる。
「お食事をお持ちしました」と仲居の声がし、二人の仲居が料理を座卓に配膳し出す。
カニだった。お刺身の船盛もある。こりゃ贅沢だ。
「いやいや、すごいね。いつも」
と、常連らしく教授がねぎらう。
「今年は、カニが豊漁でございましてね、いつもより多く使っております」などと年かさの仲居が説明した。
「まだ、漁はやっているの?」「春分の日までとなっとります」「じゃあ、今日までだ」「今年最後のカニでございます」
私は、並べられた料理をながめながら、教授と仲居のやり取りを聞いていた。

「さ、まずは尚子の博士号取得を祝して乾杯しよう」
そう言って、仲居さんがビールの栓を抜いてくれる。
「へぇ、お若いのに博士だすか?」と仲居が驚いた表情でビールを注いでくれた。
「優秀な人材なんだよ。この人は」と、教授も応える。
私は、いえいえそんななどと謙遜しながらグラスを受ける。
「先生もおひとつ」「やあ、すまないね」
乾杯を済ますと、仲居二人は「ごゆっくり」と言って下がった。

「まあ、ゆっくり楽しもうじゃないか」「そうですね」
カニ尽くしの料理を片っ端から片付けていく。私はカニしゃぶに目がない。
「なおこのカニの食べ方がセクシーだ」
「何言うてんですか。もう」
私の食べる口元を眺めて、盃を傾ける教授だった。
ハマチや鯛、ヒラメの刺身が一層美味いのは、カニのせいかもしれない。
カニのアミノ酸の味が、刺身の味を引き立てるのだろう。

「このカニみそってのは、淫靡な味がするね。匂いもね」
酩酊した教授の目がとろみを増している。
私だってそうだろう。
「そうやね。いやらしわぁ、いくおさん」
「ふふふ、ぼくたちはどこから見ても夫婦だ」
「そないしぃて言わはったんは育夫さんぇ」
私は教授にしなだれかかる。
すると、教授は私の顔を上向かせ唇を重ねてきた。
むちゅ…
唇を舐め、歯茎を舐め、なめなめと酒精とカニが混ざった吐息とともに舌先が這い回る。
「淫靡な味」とはこのことか…ああ、とろけそうだ。
私は酔いも手伝って文字通り「陶酔」していった。
教授の手がいたずらをし始める。宿の丹前(たんぜん)の袖から乳房をまさぐられたのだ。
私はくすぐったさに身をよじるが、それが教授の興を引いてしまったようだ。
「育夫さん、だいぶ酔うたはるわ」
「まだまだ…」
「ほんとにぃ?」そう言うと私も大胆になって、教授の股間に手を添える。
しかしそこは柔らかかった。
「ほら、まだ、おネンネしてはる」
「すぐに起きるさ。なおこ」
なるほど、ぐいぐいとそれは容積を増し始めたのである。
まだスラックスを履いたままの教授の股間は瞬く間にテントを形成した。
「まだ、お料理も残ってるし、おあずけやで」
と「息子」さんに言って、私は居住まいを正し、食事に手を付ける。
「そうだね。夜は長い。食事のあといっしょに風呂に入ろうよ」
「いやらしいわぁ」
と口では言いながら、私はぞくぞくしていた。
浴室で交わる…人間の根源的な性欲の発散の場所として風呂ほどふさわしいところはない。
私は、理系に進んだが、本質的には文学少女であり、幼いころから本ばかりを読んでいる女の子だった。
手に取った文学作品の中には性描写もあり、思春期にはその部分に密かな興味を抱いて、罪悪感に苛まれたこともあった。
ごく自然に自慰行為も覚え、セックスへのあこがれを募らせていた時期でもあった。
女性の場合、生理を経験し、性欲だけでなく、妊娠への畏怖も感じたり、母になる体なんだという神秘にも似た、母親も通ったであろう大人の通過儀礼を強く感じるものだ。
母になることと性欲が結びつかず、自慰行為が体に悪影響を及ぼし、子を宿すことに支障が出るのではないだろうかと悩んだこともあった。
そんな中で中山千夏氏の性教育の本などに出会い、私の取り越し苦労にすぎないことに気づかされ、アメリカなどでは女性の自慰と女性解放がセットで語られることも知らされた。
科学者の末席を汚す立場にある今の私にとって、自慰もセックスも自らコントロールし得る「自己決定権」だと信じている。

豪勢な夕食を終え、腹もくちくなり、教授が仲居を呼んで食卓を片付けさせた。同時に彼女たちは床を延べ始める。
「お床をひっつけまひょか?」と年配の仲居頭らしい女性が教授に尋ねる。
「ああ」と、教授は平静を装って軽く答えた。
私は何のことかわからなかったが、仲居頭が二枚の敷布団をぴったりとくっつけ、シーツでまとめて一体化させたのである。
つまり、夫婦が同衾することを前提とした敷き方のことを指していたのだった。
私は、はからずも顔を赤らめ、仲居達に見られる恥ずかしさを感じた。
敷き終わると「ごゆっくり、おやすみなさいませ」とあいさつして仲居は下がったのである。
もはや邪魔するものはいない。
入り口の鍵をかけ、家族風呂に二人して向かった。

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