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同じ穴のむじな(15)なりゆき

みんぱく(国立民族学博物館)の帰り、山田駅へ向かう道すがら、おれたちは言葉少なだった。
「暑いなぁ」
口を開けば、そんな言葉しか出ない。
大阪モノレールが頭の上を通過する。
「ヒロ君、あんたの部屋に行ってもいいよ」
「それは…どういうことや?」
「言わすの?あたしに」
上目遣いに、尚子が訊く。
二人っきりになってもいいと、彼女がサインを出しているのだ。
「わ、わかった。汚いとこやけど来て」
「それはわかってる。前に行ったことがあるから」
「ホテルとかでなくてもええんか?」
「はずかしやろ?そんなとこに連れて行くの」
「せやけど、シャワーもないで。おれも汗だくやし…」
「…」
尚子は、しばらく考えているようだった。
最初のセックスがこんな状況じゃ、ムードもなにもあったもんじゃない。
「お風呂、行こか」
そう言ったのは尚子のほうだった。
「お風呂って、銭湯か?」
「銭湯あったよね。駅の近くに。煙突が電車から見えてるやん」
「ああ、駒の湯や。おれがいっつも行ってる」
「洗面具、貸してくれへん?」「ええけど、一つしかないで」「そうかぁ。スーパーで買っていこか?」
山田駅から阪急電車に乗り、今度は地下鉄堺筋線から谷町線に乗り換えて、千林大宮駅で降りた。
途中、商店街の「トポス」というダイエー系のスーパーに寄って、二人で洗面具やタオルを物色した。
まるで夫婦のように…
淡いピンクの洗面器と化粧石鹸、石鹸入れ、旅行用のシャンプーセット、ミッキーマウスの絵柄のバスタオルとフェイスタオルのセットなどをカゴに入れていく、尚子は「ついでに下着も買うわ」といって、一人売り場に去っていった。
ついていくのも憚(はばか)られたので、おれはカゴを持ってエスカレーター付近に立って待っていた。
日曜日ということで、家族連れでにぎわっている。
BGMにハワイアンが流れ、夏の雰囲気をかもしだしていた。
作り物のヤシの木やビーチのしつらえが、涼しげだった。
「おまたせ。このTシャツええやろ。ショーツのついでに買うてん」
「へぇ、こんなん着るん?」
スヌーピーが犬小屋の屋根の上で寝ている柄だった。
「着るよぉ。みんな着てるやん」
スーパーを出ると、とりあえず「玉藻荘」に向かった。
玄関は暗く、奥の方は闇に包まれているように見えた。
昼なお暗い、ますます気味の悪いアパートである。
「なんかラーメンのにおいがするね」と尚子。
「どっかでインスタントラーメンを作ってはんねやろ」と、答えながらドアの鍵を開ける。
部屋の中はむっと熱気がこもっている。
おれは窓を開けて空気を入れ替える。
とたんに京阪電車の特急が轟音とともに走り去っていく。
尚子は、買ってきたものを畳の上に置いて中身を出そうとしていた。
「お風呂って、いくらくらいするのん?」
「320円」
「中途半端やなぁ」
そう言いながら、財布から小銭を出して勘定していた。
「あるわ…」

「ほな、行こか?」「うん」
おれも、いつもの洗面具をたずさえて、ドアの外に出た。
尚子も続く。
「夫婦みたいやな」「神田川ってか?」
まだ暑い、夕方の街におれたちは歩き出した。
「駒の湯」は、ものの三分もしない場所にあった。
「ゆ」と染め抜かれた藍ののれんを分け入って、履物を脱ぐ。
おれたちは「ほなら、三十分後に」と言って分かれると、番台に向かった。

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