冬のリゼアン殺人強化合宿

「ねえリゼぇ、やっぱりうまくやれる気がしないよぉ」

 ハンドルを握ったアンジュが今日何度目かの泣きごとを言い始めたので、助手席のリゼは呆れて天を仰いだ。

「前みたいに肝心なところでやらかしそう。リゼの足引っ張るの嫌だよぉ。死ぬんだぁ……」
「大丈夫だって。二人でたっぷり反省会したじゃない」
「でもぉ……」

 灰色の空の下、山肌に沿ってうねうねと続く道には、前にもうしろにも二人の乗る車一台きりしか見当たらない。道路の左側、ガードレールの向こうは崖となって鋭く落ち込んでいる。谷底の川面に張った氷が、午後の光を鈍く照り返していた。
 行く手に立ちこめる雲をフロントガラス越しに見やりながら、リゼはアンジュを慰めようとした。

「確かにこの前はさんざんだったけど、アンジュだけのせいじゃないから。私も課題いっぱいあるし。だからそのために今こうしてるわけでしょ。その反省を踏まえて、二人で練習に来たんじゃない」
「練習っていうけど、これ実質本番みたいなもんじゃん。ぶっつけでどっかの宿に飛び込んで、二人で全員殺すなんて……」

 アンジュとリゼは、殺人鬼だ。十年来の親友であり、年の離れた幼なじみでもある二人だが、互いに常習的な人殺しであることを知ったのはつい最近のことだった。それまでも二人にとって相手は誰よりも大切な存在で、他人に殺される前に自分の手で殺してあげたいと思いながら慈しんでいたのだが、互いの本性を知ってからその絆はより強くなった。暗く、血なまぐさい秘密を共有した二人はもう、無敵のはずだった。
 そのはずだったのだが――。
 手に手を取って、意気揚々と初めての殺しに赴いたところで、重大な問題が発覚した。
 殺しが下手くそになるのだ。
 それぞれ単独で殺していたときには、いくらでも残酷になれたし、ここぞという機会を逃すことは一度もなかった。ところが二人で組んだ途端、獲物を取り逃がすわ、相手のピンチに気づかないわ、通りすがりの狼に襲われるわで、まったくうまくいかなくなってしまったのだ。
 獲物を殺すにあたって、二人で一緒にやろうとするあまり、お互い様子をうかがい合ってチャンスを逃し、言わずとも通じる普段の仲のよさは、修羅場のさなかではかえってすれ違いを生んだ。
 雪山で登山者の一行に紛れ込むという絶好の機会を得たにもかかわらず、それをものにできなかった直近の経験に、二人は大きなショックを受けていた。特にアンジュの落ち込みが激しかったため、命からがら雪山から下りてきてすぐ、リゼは二人で特訓しようとアンジュを誘ったのだった。

 夜明けまで続いた反省会の末に、方針が決まった。ただ無人の雪山にこもって、ベリーを摘んでいてもなんの特訓にもならないだろう。殺しを練習したいなら、やはり誰かを実際に殺すしかない。
 そこで二人が考えたのが、どこか人里離れた宿に泊まって、そこの客と従業員を全員殺すという殺人強化合宿だった。トリップアドバイザーの検索画面を覗き込みながら、二人は理想的な狩り場を探して話し合った。
 いくつかの候補の中から最終的に絞り込んだのが、いま二人が向かっている〈フシミフォックス・ホテル〉だった。かつてのスキーリゾートの外れに建てられた山小屋風のホテルで、リゾート地が衰退して大手が軒並み撤退したあとも、所有者を変えて細々と営業を続けている。周囲は森と原野が広がり、最寄りの人家は何キロも先。どこのキャリアの携帯も通じない。不便極まる立地にも関わらず、有名店で修行した料理人が独立して支配人をしているとかで、料理とワインを目当てに来る客が耐えないのだという。
 ここにしよう、と二人はうなずき合って、すぐに予約を取ったのだった。

「アンジュ、私だって不安はあるよ。うまくいかなかったらどうしようって思うと怖い。でも私たち、一緒にやっていくなら、これを乗り越えなきゃいけないと思う」
「リゼは……乗り越えられる自信あるの?」
「ある」
 驚いたように目を見開くアンジュに、リゼは言葉を重ねた。
「ていうか、それを確認するための合宿じゃない。できるかどうかそれぞれ一人で悩んでるより、二人で試してみる方が絶対いいって」
「――お試し期間ってわけだ。あのときみたいに」
「そうね。二人で一週間、お試し同居するときも、最初はいろいろ不安だったけど、やってみたらすごく楽しかったでしょ。だから今度も、きっとそうなる」
 確信に満ちた口調で言うリゼを、アンジュが眩しそうに見返す。
「確かに……あれは楽しかったね。一生忘れられない経験だった」
「でしょ」
「うん、そうだ、そうだね……わかったよ。リゼの言うとおりだ」
 アンジュが迷いを振り払うように呟いてから、声を明るくして続けた。
「そしたらさ、今のうちに打ち合わせしとこうよ。向こう着いたらうまく意思疎通できるかわかんないから、事前にある程度決めておかないと」
「うん! そうしよう」
 アンジュの声に張りが出てきたので、リゼは嬉しくなって頷いた。前を向いたアンジュの青い瞳には、炎のような髪の色が映り込んでいて、その鮮やかな色合いにリゼはいつも目を奪われる。くよくよしやすい相棒だが、いざというときは本当に頼りになるのだ、アンジュ・カトリーナという女は。

「着いたらそれとなく泊まり客と従業員の人数把握して、出入り口確かめて……」
 アンジュが殺人のtodoリストを数え上げ始めるのに、リゼも加わった。
「配電盤の位置も早めに把握しておきたいな。携帯以外の通信手段があるかどうかも確かめないとね」
「そうそう、携帯使えないからさ、それぞれの部屋にチェックインしたら、まずトランシーバーのテストしようか」
「それぞれの部屋ってなに?」
「え?」
「ん?」

 困惑を孕んだ沈黙のあと、アンジュが慎重な口ぶりで言った。

「いや、だから……わたしの部屋とリゼの部屋、二つ分かれてるでしょ」
「分かれてないよ」
「え? なんで!?」
「なんでって……むしろなんでわざわざ二部屋分けなきゃならないの」
「それは……いや、だって、それはまずいだろ」
「何がまずいの」
「いや、だってさああ」
 リゼの不審げな視線を浴びて、アンジュがくねくね身もだえする。
「だって、何? 二人で同じ部屋に寝泊まりするだけじゃない」
「いや、それはなんか違うじゃん。わかるでしょ!?」
「ぜんぜんわかんない。てかそういうの克服したんじゃなかったの? 二人で一週間過ごして、"なんかやってみたら慣れたわ。もう大丈夫"とかドヤ顔してたじゃない」
「ほら、あんときは二人だけだったけど、今回は他に客がいるじゃん」
「??? だからなに?」
「二人で同じ部屋に泊まってさ、誰にも聞かれないように、ひそひそ殺しの相談してるとか、エッチじゃん……」
 リゼは正気を疑う目でアンジュを見つめた。二人とも殺人鬼なので、もともと正気ではないのだが、それにしてもアンジュのときおり見せるこの種のこだわりは、リゼの理解を超えていた。
 はーっとため息をついて、リゼは言った。
「わかった。それね、全員殺せば解決するから」
「へ?」
「どんなに恥ずかしい思いをしても、皆殺しにすれば誰も覚えてない。むしろこの合宿成功させなきゃってモチベーションになるでしょ」
「リゼ天才か?」
「でしょ……あ、見て」
 リゼがフロントガラスの一点を指さして声を漏らした。
「雪」
 ガラスの上にぽつりと落ちた白い結晶は、見る見るうちにその数を増やしていった。

 蛇のようにうねる道を延々と走るうちに、暮れゆく空から降る雪は、目の前が見えないほど激しくなっていった。
 おあつらえ向きだね、とアンジュが微笑み、よかったね、とリゼも笑みを返した。雑音混じりのカーラジオが、この荒天が数日続くことを伝えて、カントリーミュージックに切り替わる。リゼは用意してきた温かいスープを水筒から注ぎ、少し吹いて冷ましてから、運転するアンジュに渡してやった。気心の知れた二人の殺人鬼は、穏やかなドライブを楽しみながら、これからの狩りに期待を高めていった。

 すっかり暗くなったころ、ついに車は目的地に辿り着いた。
〈フシミフォックス・ホテル〉。スキーリゾート全盛期に建てられてから増改築を繰り返した結果、節くれ立った古木のように成長した山小屋風の大型宿泊施設だ。
 積もりつつある雪にタイヤの跡を印しながら、駐車場に車を止める。ドアを開けて外に出ると、勢いを増した雪交じりの風が顔に吹き付けてきた。駐車場には先客のものとおぼしい車が何台も止まっていたが、既に雪に覆われて白い塊と化している。
 車から荷物を下ろし、緑が白に覆われつつある庭園を通ってホテルの正面へ。アンジュが雪を踏みしめて先を歩き、その足跡をリゼが踏んでいった。ポーチへの階段を上ってようやく屋根の下にたどりつき、重厚な正面扉についた狐の顔のドアノッカーを鳴らす。

 しばらくして、ぱたぱたと小さな歩幅の足音が近づいてきた。開かれた戸口に姿を見せたのは、きらきらと目を輝かせた小学生くらいの女の子だった。
「よ!!!!!!」
 勢いのある挨拶に驚きながら、アンジュは言った。
「こんばんは。予約したアンジュ・カトリーナとリゼ・ヘルエスタです」
「ばんは!!!! ようこそいらっしゃいませだぜ!!!!」
 女の子は大きく扉を開け放ち、そうとは知らずに二人の殺人鬼を迎え入れた。
「ありがとう。お嬢ちゃんはこのホテルの子?」
 建物入り口のマットで靴の雪を落としながら、アンジュが訪ねる。
「ちがうぜ!! おにーちゃんやおねーちゃんとお泊まりに来たんだぜ!! ホテルのひとがいそがしーから代わりにお出むかえした!!!」
「そうかあ。お名前は?」
「宇志海いちごです!!!!!!!!!!!」
 溌剌とした声で、彼女は名乗った。
「いちごちゃんかあ。かわいいね」
 アンジュの言葉に、いちごは不本意そうに応えた。
「かわいくないよ!! いちごはかっこいいの!!! つよつようみうしだから!!!!!!!」
「ははは、そうかあ。ごめんごめん」
 へらへらと笑うアンジュの後ろで、リゼは一瞬、妙な悪寒をおぼえた。
 何かがひどく間違っていて、予定していた狩りが不首尾に終わるのではないか、という根拠のない考えがよぎったのだ。いや、そればかりか、きびすを返して一刻も早くこの場を逃げ出した方がいいのではないかとすら――

「リゼ? 早くおいでよ。寒いよ」
 アンジュに呼ばれて、リゼは我に返った。一瞬の奇妙な予感は、訪れたときと同じように素早く去っていた。
 リゼはかぶりを振って、不安な思考を振り払う。
 気の迷いだ。私たちは絶対に、この殺人合宿を成功させる。二人の絆はこの試練によって、さらに強固なものになる――。
 決意も新たに、アンジュに続いて戸口をくぐったリゼの背後で、扉が音を立てて閉ざされた。その音が広いホールに反響し、建物の隅々まで響き渡って、ホテルに新しい客が来たことを知らしめる。

 アンジュもリゼも、まだ知らない。自分たちがどんな場所に足を踏み入れてしまったのか。つよつようみうしとその同宿者たちが、いかに一筋縄ではいかない相手であるのか。
 外で強まる雪と風によって、ホテルは急速に陸の孤島と化していく。
 一生忘れられないであろう狩りが、今始まろうとしていた。



※補足
 にじさんじの二次創作だよ
 プロジェクト・ウインターのにじさんじコラボ第三回終了後に凹むアンジュさんをリゼさんが雪山にこもろうってフォローしてるのを見て「固い絆で結ばれた二人の殺人鬼が強化合宿する」ってめちゃめちゃ面白いプロットになるな!?と思ったので勢いで書いちゃったよ 続きはないよ

 ↑↑↑これがきっかけの動画(アンジュさん視点)↑↑↑

 映画『シャイニング』の冒頭っぽい空撮で二人の乗ってる車を映すといいなと思ったのでその流れでオーバールック・ホテルっぽいところに行ってもらったよ もうプロジェクト・ウインターじゃないね 別ゲーだね多分
 ワオでした
 またねー