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#18 ホーチミン市で見た金メダル

いまから二十年近く前のことになりますが、私はある事件に巻き込まれて横浜のとある警察署で事情聴取を受けたことがございます。
といっても、何らかの事件の被害者になったわけではなく、ましてや私が何らかの犯罪を犯したり、または加担していたわけではありません。詳しくはお伝えできませんが、新聞の片隅に概要が載る程度の規模のある事件の参考人として出頭を求められ、さまざまな質問を受け、数十枚の写真を見ては回答をし、供述調書に署名をするという次第でした。
私自身が直接被害を受けたわけでもなく、ましてや加害を加えたわけでもないのですが、警察署の取調室に入るという経験はなかなかに緊張するもので、前日までは不謹慎にも何か高揚感のようなものまであったのですが、いざ取調室に入り、さまざまな質問を受ける段になると、なぜか私が犯罪を犯したのではないかという気になったことをいまでも覚えております。

私に対応した刑事の方は、年配の方と当時の私より少しお若い方の二名だったのですが、テレビドラマで俳優が演じる刑事とは異なり、特徴のあるあだ名がつくような雰囲気ではなく、ごく普通の雰囲気の方々で、特にお若い方については、こう言ってしまっては申し訳ございませんが、警察官にしては頼りない印象の好青年であったと記憶しております。
主に若い方がいろいろと質問を投げかけ、写真を提示し回答を求めるという流れで、時おり年配の方が質問を重ねてきては、時間にして二、三時間ほどの事情聴取であったと思います。その間、休憩などはなく、またお茶などの飲み物も提供されず、当然、店屋物の出前などもなく、テレビドラマなどとは異なり淡々としたものでありました。
その後、この事件については、加害者と被害者のあいだで示談になったと聞きましたが、裁判となった際には私の供述が証拠として提出される旨を伝えられ、自身の証言の重要性に責任を感じたものでした。

この近所の警察署におよばれしました

実は私はこの件のさらに数年前にも別の事件で事情聴取を受けたことがあり、こちらについても詳しくはお伝えできないのですが、ある事件が起きたときに、当時の職場で、その時に一緒にいた同僚の方がある事情により、おそらくですが嫌疑をかけられてしまい、一緒にいた私も再三再四、根掘り葉掘り質問を受けたことがございます。
なお、この事件についてはひと月ほど後に犯人が逮捕され、事件は解決されることになるのですが、嫌疑をかけられた同僚の方はその際に、留飲を下げるべく警察署に怒鳴り込んでおりました。ちなみに、これには私も同行させていただき、当時の若さも手伝い、警察官の方々にはいろいろとご迷惑をおかけしてしまいました。

さて、警察官の方と積極的に関わりを持つということは、一般的にはなかなかないものと思われ、たいていは交通違反や何かのトラブルに巻き込まれた状況であり、私のような経験をお持ちでない方も同様に、できれば警察署などに赴くことは避けたいのではないでしょうか。
それは当地、ホーチミン市においても同様で、私も何度か警察署に行く必要が生じたことがあるのですが、犯罪の被害であったり、詳しくは述べられませんが、挨拶であったり、あまり気が進まない状況でのこととなります。

ベトナムは近隣の国と比較して比較的治安が良いといわれており、確かに外国人が巻き込まれる凶悪犯罪については少ないと思いますが、とはいえスリや窃盗などの犯罪は日本と比較して注意を要します。
幸いなことに私自身はないのですが、私の知人や友人も数名がその被害に遭っており、保険の補償を受けるために警察署に被害届を提出する必要があり、それに同行するのですが、その都度あらためて気を付けなければならないと痛感させられております。
ちなみに、私の友人や知人が受けた被害は主に窃盗で、内容としてはスマートフォンの窃盗被害がもっとも多く、当地の窃盗犯は特定のメーカーのスマートフォンを見かけると、反射的に犯行をおこなっているのではないかと思われるほどであります。

スマートフォンの被害はよく耳にします

そして、この手口が大変に手慣れており、ズボンのヒップポケットにスマートフォンを入れている際や、ショルダーバッグなどを背負っている際には本人に気づかれないようにいつの間にか抜き取り、また、道路でスマートフォンを操作している際などは、二人乗りのバイクで近づき、後ろに乗った者が奪い取るのではなく、滑らかな動作で持って行ってしまいます。
ですので、スマートフォンに限らず、財布などの貴重品もズボンのヒップポケットには入れず、ショルダーバッグは背負わずに前に持ち、往来でスマートフォンを操作する際は、車道側を向かずに、もし近くにあるのであれば電柱や看板などの障害物に向いて使用すると、それらの被害の防止になるのではないかと思います。

その他、当地で多い犯罪としては置き引きや、クレジットカード利用時のスキミングによる不正利用、日本円を見せて欲しいとお願いされ、見せると数枚を抜き取られる被害や、女性や女装した男性、いわゆるオネエの方が抱き着いてきて、いつの間にか鞄を開けられて中身を掏られる、などがございます。
なお、私の知人も酔っていい気分で歩いている際に、このオネエに抱き着かれ掏られるという被害に遭いそうになったことがございます。

旧正月が近づくと窃盗事件が増えると聞きました

それは、私と知人の二人で当時人気のあった料理店で会食をし、バックパッカー街として人気のブイビエン通りĐ. Bùi Việnのバーでしこたま飲み、千鳥足で知人をホテルまで送る人通りも少ない深夜の道すがらでした。
私たちが歩いていると、後ろから追い抜いたバイクが私たちの前に停車し、二人組の女性が声をかけてきます。最近ではすっかり見かけなくなったのですが、当地には『ホンダガール』と呼ばれる、バイクに乗って客引きをする春を売る女性がいるのですが、当時においてもほとんど見かけず、珍しく思いましたが、よく見ると男性のようです。
そして、そのオネエの一人はバイクにまたがったままで、もう一人が私たちに寄ってきて遊ばないかと話しかけてきます。私は特に相手にせずに歩を進めようとするのですが、知人はなにやら片言の英語で楽しそうに話しております。
なお、私がそのオネエを相手にしなかったのは彼女ら?彼ら?が男性だとわかったからではなく、単に早く帰宅したかっただけのことであり、私はレディーボーイバーにおいても、意識がなくなるまで羽目を外せる程度には多様性を認めております。

最近は外国人の人気が落ちたと耳にするブイビエン通りĐ. Bùi Viện

そうこうするうちにオネエは知人の体を撫でまわすように体を密着させています。これは危ないな、と思ったのも束の間で、体を撫でまわしていたオネエは何か怒るような素振りをみせて知人から離れます。そして、「あなたのような失礼な男性はいない」のような言葉を発し、バイクにまたがり待っていた連れのオネエに向かって速足で歩きだします。
この時、私が知人が前にかけていたショルダーバッグに目をやるとファスナーが開いております。そして、知人はかなり酔っていたと思うのですが、私の視線に気が付いて、一瞬にして事態を察したようでした。どうやら目的を果たしたオネエは、怒ったふりをして私たちの前から去ろうとしているようです。
知人はファスナーが開いたショルダーバッグに手を入れ、何かがなくなっていることを確かめたその次の瞬間、飛び跳ねるようにオネエに襲いかかります。そして次の瞬間には、オネエは弧を描くように宙を舞い、なにやら鈍い音とともに地面に仰向けに倒れております。

あっという間の出来事で理解できなかったのですが、どうやら知人はそのオネエを背負い投げで地面にたたきつけたようでした。一刻おいて、私がなんとなく事態を把握した頃には、知人は仰向けに倒れたオネエの服を淡々と調べ、抜き取られた財布を回収しています。
その様子を見て、私と同様にあっけにとられていたバイクにまたがり、連れを待っていたもう一人のオネエは逃走し、ここに至り、私はようやく押っ取り刀で知人と投げ飛ばされたオネエに駆け寄ります。
倒れたまま動かないオネエが、まさか打ち所が悪く昇天してしまったのではないかと心配になり顔を覗き込むと、意識はあるようですが、私が審判であれば間違いなく右手を素早く突き上げ、「一本」と宣言するであろう鮮やかな背負い投げを受け、何が起きたのか事態が把握できていないらしく、目を泳がせ、口を半開きにしてよだれを垂らしています。

そして、知人は茫然と天を仰いでいるオネエの頭を足で小突いて「どうする?警察呼んだ方がいいかな?」と尋ねてきます。
たしかに未遂とはいえ、犯人を取り押さえたわけですから、市民の義務としては警察を呼んで処置を任せるべきだと思います。しかし、ここは日本ではなくベトナムです。どのような面倒な手続きが待っているかわかりませんし、しかもこちらはベトナム語を流暢に扱えるわけもなく、もしこのオネエが適当なことを証言してこちらに非を被せられるなんてことも起こり得るかもしれません。
結局、被害もなかったことですし、オネエに怪我はないか、頭を打っていないかを問いただしても問題がないとのことでしたので、この件は警察に通報せずに済ませることとしました。とはいえ、知人はどこか腹の虫がおさまらない様子で、オネエの写真を何枚も撮影し、「SNSでばらまいてやる」と、なんともベトナムらしい脅しの後にオネエを解放しておりました。

事件は『ホーチミン市の表参道』の通りでおきました

その後、知人にあの鮮やかな背負い投げについて聞いたのですが、子供のころに警察署で開催されていた柔道教室に通っていたとのことでした。
思えば私も子供のころに警察署で開催されていた剣道教室に通っていたのですが、その当時は剣道が好きだったこともあり、警察署に行くことに抵抗はなく、むしろ楽しみにしていた思い出があります。いつから警察官という職業の方々に抵抗感を感じるようになり、いつまでそれを感じるものなのでしょうか。

ところで、今年、2024年はパリオリンピックが開催されていたようですが、いろいろとフラストレーションがたまる大会であったと聞いております。
私はニュース記事で結果のみを目にした程度ですので、意見を述べることはさし控えさせていただきますが、あの時の知人の見事な背負い投げ、解放され、我々から逃げるオネエの韋駄天のごとき疾走は、金メダル級であったと思います。

そうえいえば先日この付近で『昼の泥棒』に遭いました


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