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なつのおと。

鈍い音がした。
畳に後頭部を軽く打った。
見慣れた天井と
その顔を見上げた。
何も話せなかった。
心臓の音だけが
やけに大きく聞こえた。

夏の夕暮れ、
昔の話をした。
向かい合う人は、
静かに話を聞いてくれていた。
弾けるきっかけは何だったか。
焦っていたわけではなかったが
2人とも服は脱がなかった。

1つの行為で、
関係性を変えようとしていた。
空気が張り詰めていた。
いつかこうなるような気がすると
どこかで思っていた。
なぜ今なんだろう、と思った。
意味がない行為だと、わかっていた。

何を見せあっているのか
わからなかった。
勝手に反応するからだが
怖かった。
不思議と涙が出た。
顔を見た。
目の中が真っ黒で何も見えなかった。

目を閉じた。
暗闇で声を聞いた。
「どこにもいかないで」
どうして今、そんなことを言うんだろう。
頭のどこかで冷静な気持ちが立ち上がった。
こんなことで、つながれるわけじゃないのに。
そう思った。

気付けば夜になっていた。
部屋の中は汗と体液が混じって変なにおいがした。
2人の関係は変化したのか。
わからなかった。
そこにあったのは
いつか起きるかもしれないと思ってきたことへの
妙な達成感だけだった。

何もかもべたついて気持ちが悪い。
不快の中に、名残惜しさがあった。
その正体を、考えたくなかった。
ふいに、煙草のにおいがした。
やめたときいていた。
「やめたをやめたんだ」と
その人は言った。

どうせわからない。
なにひとつ。
なんでもいい。
わからない人と
ひととき抱き合った。
それだけ。
夏だった。
それだけで、よかった。


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