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朝の挨拶

もう随分と前、週に1回通る道があった。
道沿いには、大きな病院が建っていた。
通りに面した1階部分は正面玄関だった。
その2階と3階は大きなガラス窓になっていて、パジャマや病衣を着た人々の姿が窓越しに見えた。
窓の向こうには、患者さんが憩うためのスペースが設けられているようだった。

ある朝、病院の前を通りかかったら、2階の窓のところに車椅子に乗った小柄なおじいさんがいた。
こちらを向いて窓の外を眺めている。
ふと目が合った。
と思ったら、おじいさんが右手を上げて、にっこりして手を振った。
驚いたが、とっさに手を振り返した。

次の週、病院の前を通りかかったら、またあのおじいさんが同じ場所にいた。
目が合ってお互いに手を振る。
私が病院の前を通り過ぎるまでの間に、おじいさんは病院へと入って行く何人かの人達と手を振り合っていた。
出勤してくる顔馴染みのスタッフの方々に、手を振っているようだった。
以後も何度か、週に1回その道を通る度に手を振り合った。

その後、しばらくその道を通らない日々が続いた。
久しぶりに通った時、窓のそばにおじいさんの姿はなかった。
退院されたのだろう。
それ以外は、何も変わらない朝の道だった。
今も時折、あの見ず知らずのおじいさんとの朝の挨拶を思い出す。