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6年草

「じさを荘」ときたま日誌 ②


かれこれ30年ちかく東京住まい、父が建てた関西の実家を「葬儀会館」として使ってもらっていることは前回書きました。
きょうは、その家を借りてもらっている「あゆみセレモニー」の社長・川原さんのことを書きます。楽天イーグルスの嶋選手(現ヤクルトスワローズ・先日惜しまれつつ現役引退)にちなみ「嶋さん」と呼んだりしていると以前書きましたが、最近は通天閣のビリケンさんにも似てきています。

illustration©️KUM

「あのう、、」(ちょっと重たい切り出し口調のときには、これはよくない話だと予感がはたらく。誰でもそうでしょうけど、ふだんの声がカラッと笑っているから見分けがカンタン)と庭木の剪定について相談の電話があり、用件が済むと気持ちなおしの雑談になりました。

何か変わったことはないですか?
「うーん。いつもどおりですねぇ」
そう言ったあと川原さんが、
「ああ、そうそう」
ふいに思い出したんでしょうね。くすっと笑い、こんな話をはじめました。

「いまからあれ6年くらい前になるんかなぁ、草取りしていたんですよお。仕事のない日やったのでね。そう、ぼくがじさを荘で」
わたしは、手のあいたときに社長さん直々に草取りしてくれているのだと思うと、すこしジンときました。スタッフ任せにせず、それだけ気に入って使ってもらえているということだとおもいました。
「そうしたら、『あのう、』と声がしたんで、振り向いたら女のひとが立っておられたんです。
『ここは何ですか?』と聞かれたんで、葬儀会館なんです、と説明したんですね。しばらく、何やろうとぼくの背中とあの家を見比べていたそうなんです。ふふ。
まあ、ああいう家ですからね。看板も出してなかったですし。そうそう。全然らしくないですから葬儀会館に見えませんものね。ふふふ。
それで、ひとりで草引きしているぼくのことを見ていて興味をもたれたみたいで。話を伺ったら、お母さんが近くの介護施設に入居されていると話されていたんです」

川原さんは、ほかの事前相談のお客さんにするように家の中を見てもらい、その日はそれで終わったそうです。じさを荘を借りてもらうようになって間もない時期でもあり、その日のことはもうすっかり忘れてしまっていたそうです。

「それがね。こないだ電話がかかってきて『あのう、前に見せてもらったことがあるんですが、じさを荘、まだ今もありますか?』『ええ。やっていますよ』と答えたら、それが6年前に話しかけてこられたひとで、お母さんの葬儀を、じさを荘でしたいと言われるんですね。
ああ、そんなことあったなぁと思い出したんです。でも、まさかねえ。6年後に電話してこられるなんて。えっ、そうですか。やっぱり、すごいですか」

女性は名古屋のほうで暮らしておられて、ときおりお母さんのところに来られていたとか。しかし、喪主さんの自宅が名古屋ならそちらでお葬式をするほうが利便性もいいだろうに。川原さんがたずねても「ここがいいんです」と話されたそうです。
さらに、札幌に赴任しているご兄弟やご親族のひとも方々からじさを荘のある宝塚に集まられ、お葬式を終え「家族みんながゆっくり母とすごせたのでよかったです」と言っておられたとか。
そういう話、なんで川原さんはもっと早くにしないのかなあ? 
「ああ、でも、そんなすごいことですか?」

でも、そういうところが川原さんなんでしょうね。それも、草取りしている姿が気になって声をかけられるなんて、人徳じゃないですか。
「ジントクですか。ふふふ」
言うたら6年前の種が実ったわけだし。
「ああ、そうですね。そうかあ。アハハハハ。深いこと考えたりしてないですけど。ただ草取りししていただけなんですけど、していてよかったんやねえ」

何で雑談の中からこの話になったんだっけ? あ、そうか。その前にわたしが先日取材した、「鎌倉自宅葬儀社(自宅での葬儀を専門。拠点は鎌倉だが東京、埼玉、千葉にも出向く)」の社長さんのことを川原さんに話していて、札幌や名古屋からも依頼を受けたりするという話をしていからだ。
「へえー。あ、そうそう。遠いといえばうちもね」と話しはじめたのだった。

illustration©️KUM


ある日「見てください」と見せられた箱庭。
料亭旅館ふうなイメージをパワーアップしましたと、川原さんが自腹で作った。
「勝手にやってしまいました」
なんでまた広い庭があるのに、
手前にさらに付け足すのか、、
ビリケンさん、ようわからん(笑)

じさを荘館主代行・筆



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