体験記〜摂食障害の果てに〜(28)
ある晚、また心臓が騒ぎだしました。いつもとは、感じが違います。野うさぎが飛び跳ねているようです。ナースコールを押すと、看護師さんがきてくれました。
「先生を呼んでください。心臓が止まります。お願いします。早く、先生を呼んでください!」
でも、どんなに頼んでも、やっぱり先生を呼びに行ってはくれないのです。じっと私を見て、「もう、先生は帰られたから。」と、言うだけで、すい、と部屋を出て行くのです。
私は、自分で心臓を落ち着けよう、と努力しました。しかし、静まりません。再び看護師さんを呼びました。
今度は、別の看護師さんと二人でやって来ました。心電図の機械を確認し、心臓の様子が記録できる機械を運んできました。記録紙に線が記されていくのですが、地震の波形そっくりでした。人間の体を大地に例えるなら、心臓の鼓動は、まさに地震です。私の体に大地震の災害が起こったのです。
ところが、機械の調子が悪く、操作を止めては記録の取り直しを繰り返しました。その途中、看護師さんの一人が、
「わっ‼︎」
と、私にむかって大きな声で叫びました。私は、その突飛な行動の意味がわからず、じっと看護師さんを見返しました。
「治った?」
その看護師さんが私に問いかけました。しゃっくりなら治ったかもしれません。でも、心臓は、止まったらおしまいです。私は黙っていました。
二人が機械の調子を見ている間に、心臓の鼓動が落ち着いてきました。きつく縛られていた紐を解かれるような気がしました。看護師さんもその変化に気づき、
「治ってきたでしょう?」
と、言いました。
翌朝、先生がやって来ました。姿を見た瞬間、とても心強く感じました。先生は、記録を見て、
「これではいつから変化が起きたのか、さっぱりわからない!」
と、厳しい口調で、昨夜の看護師さんたちに注意を与えました。
この一件があって、変わったことが三つあります。
一つ目は、私に心臓の先生ができたことです。主治医の先生が、
「これからは循環器系の先生と組んで治療に当たる。」
と、言って循環器系の先生と一緒に部屋に来られました。
二つ目は、心臓の先生の指示で、『ビソノテープ』という、二センチ四方くらいの大きさのテープを、毎日、胸に貼られるようになったことです。それを貼ると、心臓のドキドキが鎮まるのだそうです。そんなカットバンみたいな物を貼っただけで、どうして心臓が静かになるのか、私には不思議でなりませんでした。
三つ目は、肺の水が毎日抜かれるようになったことです。おかげで胸の重苦しさが消え、息が楽になりました。心臓も騒がなくなったので、安心して眠れるようになりました。
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