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【詩】 春おもう

鈍重な暗い幕の隙間から
滑り落ちる陽の手に触れられ
長い夢見心地の童話は終わりを告げた

予感めいた蕾をつける梅の枝
待ちわびるその姿は
幹のうねりを止め
一心に血管をみなぎらせる

今にも折れそうな
毛細な枝の隅々にまで
血を行き渡らせ
淡い紅色に染めあげる

街の戸口は開かず
空に轟く鐘の音はまだ鳴らない
風向きは以前として北をさし
遠くの山には濁った雪を残す

訪れを告げる梅の花
あたり一面
深く甘い香りに浸されて
青い憂いが滴り落ちる

夭折の青年が人肌知ることなく
目覚めぬ朝へ近づくように
いつしか灯る蝋燭の上で
硬い氷は溶けていく

四月の雪のごとく咲く花よ
春に憧れ
春を知らずに散っていくのか

浮足立つ雨に空は駆り立てられる
千切れた花びらからは涙が流れる
地表を濡らし
土に記憶を呼び起こす

立ち込める淡い霞の中
見渡す限りの野は
一斉に目覚め
艶やかな水滴をまといつつ
はにかみながら芽吹き
心密かに秘密を語りあう

春乃狂乱ノ一頁

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