見出し画像

焔の人

王国は危機に瀕していた。
偉大で怠惰な【穢れの王】は隣国との《100年戦争》で疲弊した国力を更に磨り減らすかのように毎夜、饗宴を催しては人心の反感を買っていたのだが『異を唱える者には死を!』では誰も声を上げられない。
"神の使徒" たちも保身の為に王の権威を後押しする事に余念が無く、民衆は困窮の極みにあった。


そんなある日、王は村を一つ焼き払った。
その名は古語で ”そうではない者たち” を意味するが、現代人で発音できる者は存在しない。
古えの魔法使いが隠遁して幾世代も経た、今では祭りの花火で何とか口に糊して生計を立ててるような、まるで誰も見向きもしない萎びた村だった。
戦略上の必要は何もない。
行きがけの駄賃のつもりで村を灰塵に帰させたのだ。
村は王の局地的な《戦勝祝い》の戯れにより永遠に地上から消滅したのである。
そして2日後、
方々から "献上" されてきた女たちが武装した兵士らによって連行され、王宮に可憐かつ無惨な姿を顕した。
まだ胸の膨らみもない娘から30がらみの大人まで、外見が美しいという理由だけで彼女たちは『生かされ』ている。
身に付けているのは薄く透けたローブと頭の花飾りのみ。
体の様子が全て解る仕様なのは用心の為もあるが《謁見の間》へ至る道中で要人たちの目を悦しませる為でもある。
恐怖と羞恥に晒された女たちの顔は一様に苦悶の色が濃く、体以上に心が疲れきっているので足どりは頗る重いのだが、剣を携えた兵士に遅れる訳にはいかない…その健気な精神が要人らの歪んだ欲求を増進させているが、彼女たちが気付く余裕がある筈もない。

《謁見の間》に到着すると兵士の列は二手に分かれて、女たちを更に前進するよう促す。
得体の知れない澱んだ空気に包まれた異様な部屋の奥、無駄に眩い玉座に不釣り合いな "生き物" が端座していた。
そして、その王と呼ばれる生き物の肉体は異常なほど青白く、ところどころ紫色した太い血管が走っており、また考えうる限度以上に膨脹し弛んでいた。
数え切れない人間たちの哀しみや絶望を吸収し続け、常人の発想が及ばない日常の狂態が招いた結果が、このブヨブヨした魁偉で悪鬼のような姿を齎したのだ。
自分の姿のせいで女たちの恐怖が倍増した事を知ってか知らずか…王は恋人同士の語らいのように甘く囁くように話かける。
しかも言葉遣いは丁寧そのもの。
「遠路はるばる御苦労様でした。まずは旅塵を落とし、暫くはゆるりと寛がれるが宜しいでしょう。」
調子は穏やかで満面の笑顔だが、腹の底から涌き上がってくる悪意はどう隠しようもなく、女たちの恐慌は頂点に達しようとしている。
そんな時…
「王に在られましては御機嫌麗しく、我ら一堂気遣いの御言葉悼み入りまする。」
恐怖に慄いてる筈の女たちの中から意外なほど落ち付き払った声が上がった。
その娘は仄かな佇いから、まるで切り絵のように浮かび上がって来たが、まるで他の女たちとは違い、物静か過ぎる態度が逆に強い意思と決意を想起させた。
場に不似合いな娘の出現は澱んだ空気を切り裂くのに充分な威力を持っていて、可視できない何かが部屋の隅々まで拡がる…この場の穢れを浄化するかの如く。
穢れの出元は娘の目前であり、その元凶は成り行きに眼を訝せるが支配者の威厳が全力でそれを拒む。

「其方は一際に美しいな。名を伺っても宜しいかな?」
「私に名はありません」
「ほぅ…では棄て児であるか?」
「つい何日か前までは私も人並みに親兄弟や名を持っておりましたが、あの火が全てを奪ってしまいました。」
「あの火とな?」
"名がない" と女が言った時点で王は焼き払った村の事を思い出していた。
(あれか… まぁ、余は現場に居た訳ではないからな)
村への関心は泡のように消え、意識は娘に集中する。
他者、特に若く美しい女が悶え苦しむ姿を愛でるのが何よりの悦しみだったので敢えて惚けて応えたが…


「そうです。あの火です…邪悪な意思を持ったあの火が暮らしていた村の全てを焼き払いました。」
「其方は村の者か?」
「私は最後の生き残り。皆は生きながら消し炭のように焼けて死にました。」
「 …余が殺したと言いたいのか?」
王は少々面白くなくなってきている。
オウム返しのような返事しか出来てないのが、相手に呑まれているようだからだ。
娘は王の苛立ちを予想していたのか、口元を弛めて会話を更に続ける。
「殺したのですか?何の為に?」
「戦場での事だ。いくら余が賢王とはいえ全ての成り行きを読めるとは限らん。偶発的な事故という事も考えられる。」
「事故?」
やや茫漠としていた娘の瞳がハッキリとした輪郭を持ち、王の胸を深く疼かせた。
(何故に疼く?)
戦いの場に於て疑問はややもすると敗北に繋がるが… 其処までの一瞬、王は自らの思考に愕然とした。
(敗北!? 敗北とは何だ?これは戦いではないぞ!余の配下は戦闘に勝利した!輝かしい勝利だ!! そして、この娘は戦利品だ!然るに娘の態度はどうだ⁉︎)
確かに娘の態度は、この後 ”あらん限り” の凌辱と屈辱を味あわされる人間のそれではない。
いや… まるで何かを胸に秘めおき、企んでるかの如く。


王から卑しい微笑は消えていた。
胸の疼きは治まらず、最初より短い間隔で続いている。
「偉大なる王から見れば我らは屑… 何の力もございません。この後、我らは身も心も辱しめを受けて死ぬでしょう。我らには何の望みもなく、ただ忘却の彼方へ花火のように消え去るのみ。」
既に経緯を把握しているらしく、従容と受け入れてる言葉ではあった。しかし、それは完全な敗北宣言であるにも関わらず、居合わせた王と兵士たちは逆に死刑宣告を受けた気分だった。
とりわけ王の動揺が甚だしい。
それほどの力が娘の言葉にはあったのだ。
いつもなら延々下卑た言葉で女たちの心を嬲り、気が猛ればどんな場であっても犯す、稚児とて容赦しない王の苛烈な趣味に兵士たちや神官らも内心では辟易していたものだが… 今日は違う。
余りに異様すぎた。


王の胸の疼きの間隔が更に短く、大きなものとなってゆくが、それが逆に王の闘志に火を点けた。
(こんな小娘、絶対に屈伏させてやるぞ!! 哭こうが喚こうが手は弛めんからな!! 最高の屈辱を味あわせながら、その細い素っ首を刎ねてやる!! 刎ねた首も犯してやるわ!この場でな‼︎)
そんな激烈な精神と相反する紳士的な言葉で何とか心の平衡を保とうとする王は
「随分と潔いのだな…」
しかし、娘の返答はそれまでとは真逆となるものだった。
「そこもとには敵いません」
「…!」
ぷいっとソッポを向きながら "そこもと" という敬意を欠いた言葉を吐いた娘の態度が最期の呼び水となった。
当の娘よりも周りの女たちの方が王の怒りに心底恐怖した。
とても同じ人間とは思われない程の醜い姿のみならず、今や剥き出しとなった憤怒と憎悪、そして隆起した陽根までもが怪物じみていて警護の兵士ですら後迫った。
…しかし
娘はローブを脱ぎ、静かに横たわると細く長い脚を開いた。


「き…貴様‼︎」

何もかも娘に先回りされ、王は完全に自制心を失うと申し訳程度だった着布を破り捨て、躊躇いなく娘の脚を更に力ずくで開くと陽根で貫いた。
ああぁ!!!
王は貫きながら娘の体の至る所を咬みしきったが、想像した通りその肉体は柔らかで血は甘く、王の脳内で火花を散らせた。
まるで肉食獣かのごとく、全身に歯や爪を喰い込まされた娘は体の至る所から大量に出血してショック状態に陥るが、なんとか痛みに耐えて王を見据えたまま捉えて放さなかった。
『シッ』
その時、娘の口から何か音が発っせられたが…

王の激しい興奮と律動が急激に緩慢な動きとなり萎えた刹那…王と娘が結合してる部分から大きな炎の柱が上がった。
轟!
驚く王は急いで飛び迫こうとしたが、娘は白く細い両脚を胴に廻し、両腕は頸に… 長い髪に隠していた短刀を突き立てると次いで王の口を自分の口で塞いだ。

すると其処からも炎の柱が上がった。
「ぐおおおっ!!!」
「私は "あの火" をお返しに上がりました。"あの火" からは意思が…陰惨で邪(よこしま)な意思が充満しておりました…だから…お返しに…そこもとの… 」
もはや精霊の力は殆ど働かない時代となって久しく、幾つかの世代が過ぎ去った今、娘の村も "導入" なしに魔力を行使できる者など存在しない。
なんと王の《精》が発火への "導入" となったのだのだが、どうやら娘はそこまで計算して事に臨んでいたらしい。
突然変異であろう能力者の娘が村の再興への橋渡しだったものを王が戯れに灰塵に帰した… それは偶然だったのか?
或いは意図されたものだったのか?

今や二人の体は一つの巨大な炎の塊と化し、肉も骨も、遂には血までもが焼き尽くされた。

やがて…
炎は収斂し、ほどなく縮んだ二つの消し炭は元より随分と小さくなり一つの運命へと辿り着いた。

皮肉な事に、娘よりも遥かに大きな王の焼死体からはいつまでも嘆きのような音が発せられ続け、その場に居た全ての人間の魂を凍てつかせた。
伝説は終わりを告げたのだ。

後日
【国王危篤】の報が国中に拡がった。
近衛兵の数名が急病により職を辞した事と戦利品であった女たちを恩赦の上で放免した旨の発布があったが、特に関心を寄せる人間は皆無であった。

更に数日後
『我らが偉大なる王が崩御なされた』
という重大な報せが国の内外へもたらされたが、これほど胸躍る快事を後にも先にも、誰も味わう事はなかったと謂う。

己を倒しうる存在が現れるのを予感した為に村を焼き払った… かもしれなかった【穢れの王】だったが、その想いが結果として究極の敵を引き寄せてしまい、自ら放った火に焼かれたも同然の最期を遂げたのは運命の悪戯なのか。
そして王国は偉大な指導者を失うと露骨なまでに国力を低下させてしまい、優勢に進めていた筈の《100年戦争》を ”全面降伏” という形で終結させるに至った。
戦いに敗れた王国は数年かけて民衆が新たな政治システムを担う国へと変貌し、認定歴史書などに記された暴君の名残りを消し去る事に腐心したらしい。
そして【穢れの王】は後世の史家からは『優しすぎたゆえに敵国に攻め入られ亡国した賢王』と評価されている。

復讐を果たした娘と村はもはや歴史の何処にも存在しないのだが…


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?