宛先は君に 2021年6月30日

2021年6月30日

 執筆が進み、それは良いことなんだが、それに応じるように僕の苦しみが再燃してきている。ああ、辛いことを思いだしてしまったんだ。しかもそれは、夜に、眠りを通して僕を襲ってきたんだ。
 僕がまだ、この狂った社会に馴染もうと努力をしていた時のことだ。いわゆる就活というものに真面目に取り組み、自分を社会にの一員に、毎年のように循環されていく、スペースの中に自分を押し込もうと、ああ、自分の形を変えてまでだ。長年の間、一生懸命、それを形成してきたというのに。
 ある企業の面接を受けた時だ。相手の男は高圧的で、ただ生命をその理由もなく延命させているだけの、考える知恵すら持たない奴だった。そいつが僕に牙をむいたんだ。奴はただ単に偉そうで、自分が過ごしていた人生で有益だったと勘違いしていることが他人にとっても有益だと本気で思い込んでいるような野郎だった。きっと、学生時代は朝までただ騒いで、どれだけ講義をサボり、単位を落としたか、レポートをどれだけ、寝ずに終わらしたかを自慢して、図書館には一切通わず、その高額な学費をただの青春とかありきたりで、その思い出を美化するための言葉に費やすような人生が最高だと言うような奴なんだ。彼のような人と会い、話をすると、糞みたいなことだが、アインランドを信奉する人たちの仲間入りをしたくなる。まるで何にも目を覚ましてはいないし、きっと彼にとって、目の前で起こっている、ただその小さな範囲だけが、—本当は自分の目の前でも、あらゆる問題といものは、この社会の根本を蝕んでいるから、起こっているというのにね。残念、目を凝らしたことがないから気づかないだけなんだな―、彼にとって全てなのだろう。
 彼の話はどうでも良かったし、ただ時間が過ぎればいいと思っていた。彼は途中、完全に僕を見放したかのような目をしたが、それはあまりにも遅すぎた。僕は彼が最初に話した段階で、彼に対する信用は一切なかった。面接が終わり、進行役の様なことをしていた男性が、僕をフォローするかのように、優しく諭してきた。ああいう人なんですと。僕は苦笑いで答えた。彼は最低だった。きっと、誰からもそう思われているんだろうな。いつかハラスメントで、その前に着く修辞語は何になるか分からないが、追放されるのだろう。あの態度で取締役なんて、碌なもんじゃないし、部下が見えぬところで尻ぬぐいをしていることが、まるで自分が人の上に立っているかのような優越感を浸らせるものだと勘違いをしていた。彼が一体何を取り締まるって言うんだ。とんだ皮肉だな。
 ああ、そして僕はその企業を大学にある何とかセンターみたいのから勧められていたから、そこから呼び出されることになった。そこのセンターで働いている年増さの女はアクリル板越しに、冷たい目を見せていた。僕はそこでも、自分が惨めな存在であるかのように思わされた。彼女は、子供や気が狂ってしまった人を諭すかのように、ゆっくり、僕のことを何も知らないっていうのに、現状を話し始めた。
「あなたは、自分のことを見つめ直して、企業の方が気に入ることが何なのか考えて話さなきゃいけません。どうして内定が貰えないのか、研究しなくちゃいけません。男性ですから、総合職ですよね? どんな職種を考えていますか? 面接はいつもどれくらい進みますか?」
 彼女は何個も質問を重ね、そこには偏見が幾つも含まれていたが、僕はそれについて訂正をいちいちはしなかった。社会を本当に良くしたいのなら、僕のこの態度は不遜なものだろう。でも、いつだって真剣に取り組めるような、気力はその時の僕にはなかったのも事実なんだ。みんなだってそうだろ? いつだって、戦うことは出来ないんだ。それには気力が必要だから。
 正直に僕は答えた。すると、彼女は更に諭すように話し始めた。僕はその口調や内容の全てが気に入らず、聞こえてくる声をどこか遠くへと飛ばした。僕の目には涙が溢れそうだった。それを堪えるのに必死だった。全てが糞に思えた。この世界も、僕が生きていた時間も全てがこの社会では無意味だと思えた。僕がまだ、内定を貰えていないだけで、そんなに、否定するつもりなのか? 僕が自分の持つ不安から逃れるために、読書や映画体験に身を浸し、それから生きる活力を得ていたことも、彼女たちにとっては何の意味も持たないようだ。僕がどれだけ、本を積み上げたとしても、それが札束に変わることはないのだろうな。ただ、サークルのようなグループに属しているかどうかが重要なんだ。大学生に学業以外で頑張ったことを尋ね、それが最も重要なように思わせるなんて狂っているんだ、僕は本を読むために、ここにいるのに、どうしてそれ以外の事を要求されるのか。狂っているよ。僕が研究していることは何の意味もないみたいだな。ウェルテルが自然に対してどんな感情を抱いていたかなんてどうだっていいことなんだ。そこから僕は理想を見出したっていうのに。

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