【歌詞考察】鈴木茂「微熱少年」-微熱が連れていく夢の世界

はじめに

こんな体験、ありませんか?
熱にうなされて布団にくるまっている。そのときふと目を開けてみると、何だか部屋の景色がぼんやりしている。熱で頭が回っていないのか、はたまた薬のせいなのか。あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。
今回考察するのは、日本を代表するギタリスト 鈴木茂のアルバム『BAND WAGON』から「微熱少年」。 松本隆による幻想的な歌詞の世界を味わっていきましょう!

「微熱少年」とは?

「微熱少年」概要

「微熱少年」は、鈴木茂のアルバム第一作『BAND WAGON』(1975)に収録された楽曲で、2017年には同じく『BAND WAGON』に収録されている「砂の女」とともにシングル盤として発売されています。作詞は日本のポップス史に大きな足跡を残した作詞家 松本隆、作曲は鈴木茂が担当しています。

鈴木茂という人

鈴木茂は1951年生まれのギタリスト・作曲家です。日本を代表するギタリストとして松任谷由実などの楽曲に参加していますが、やはり最も知られているのはロックバンド「はっぴいえんど」としての活躍でしょう。はっぴいえんどは日本語ロックの成立に貢献したバンドで、若くして「天才」として知られていた鈴木は、はっぴいえんどのメンバーとしてギターを担当しました。「花いちもんめ」などの楽曲ではボーカルも担当しています。

松本隆という人

松本隆は1949年生まれの作詞家・ドラマーです。彼も鈴木と同じく、はっぴいえんどのメンバーで、バンドの全楽曲の作詞を担当。「日本語でロックをやる」ということにこだわり、宮沢賢治や渡辺武信、『ガロ』系漫画に影響を受けた幻想的な作風は「風街」という空想の都市のイメージとともに親しまれています。代表作は「風をあつめて」「木綿のハンカチーフ」「ハイスクールララバイ」「君は天然色」「ルビーの指環」「硝子の少年」。

「微熱少年」考察

不思議な世界へようこそ……

それでは歌詞の考察に入りましょう!

俄か雨降る午後に 体温計を挟み
天井の木目 ゆらゆらと揺れて溶けだした

鈴木茂「微熱少年」

俄か雨が降る午後に、体温計を挟んで寝ている語り手。熱があるのでしょう。仰向けになってぼうっと天井を見ていると、木目がゆらゆらと揺れてくる。木目は次第に形を崩していき、まるでダリのベーコンのように溶けてしまう。
冒頭からさっそく幻想の世界に引き込むこの歌詞。熱があるときに見る、あの夢うつつはっきりしない感覚を、木目というぼんやりした模様を使って巧みに表現しています。

砕かれたガラス

窓のガラスを叩く 野球帽子の少年の
ビー玉を石で砕いては空に撒き散らす

鈴木茂「微熱少年」

語り手が寝ている部屋の窓を叩くのは野球帽子の少年。語り手の友達か、それとも少年時代の語り手自身か。野球少年はその後ビー玉を石で砕いて空に撒き散らします。ここでいう「ビー玉」は、おそらく割れた窓ガラスのことでしょう。バットで窓を叩き、割れたガラスの破片を空に撒き散らす。日の光が破片に反射して七色の光に散る様子が目に浮かぶようです。

夢と現実を走る路面電車

ほらね 嘘じゃないだろう
路面電車は浮かんでゆくよ 銀河へと

鈴木茂「微熱少年」

ガラスが宙に舞い、語り手が横たわる部屋は完全に幻想の世界に変わります。そして野球少年は言います。「ほらね、嘘じゃないだろう?」。部屋の外では路面電車が宇宙に向かって飛んで行きます。
ここで注目したいのは銀河へと浮かんでいく路面電車です。この路面電車は、松本隆が書いた詞にたびたび登場するモチーフで、彼の詞世界「風街」における重要な構成物です。たとえば、はっぴいえんど時代の曲「風をあつめて」では、このような歌詞があります。

街のはずれの背のびした路地を 散歩してたら
汚点だらけの 靄ごしに起きぬけの路面電車が
海を渡るのが見えたんです

はっぴいえんど「風をあつめて」

「微熱少年」では空へ浮かび、「風をあつめて」では海を渡っていく不思議な路面電車。この路面電車のモデルは、はっぴいえんどのメンバーである松本や細野晴臣(日本を代表するベーシスト。のちにYMOのリーダーも務めた)が少年・青年時代に乗っていた東京の路面電車です。細野はNHKの「名盤ドキュメント」の『風街ろまん』の回でこのように語っています。

よく松本君と乗ったりしてたんです。そこから広がる、その赤坂見附の路線の複雑さとか、乗るたびにいつも二人で「すごいね」って言ってたんですね。その景色はもう無いわけで。

細野晴臣

松本にとって路面電車は若き頃の楽しい記憶であり、二度と戻らない夢のような過去なのでしょう。そんな路面電車が、ふわりと宙に浮かぶなか、少年が語り手に言う「ほらね、嘘じゃないだろう?」という言葉からは、失われた景色を惜しむ語り手にもう一度夢を見せようという気持ちが読み取れるのではないでしょうか。もしかしたら語り手は松本自身なのかもしれません。
微熱が、過去の夢を現実の世界に連れて来る。ビー玉の輝きや路面電車が部屋の外に出現する。はっぴいえんど時代には、その夢そのものを描いていたのに対し、「微熱少年」では現実と夢というふたつの世界が描かれ、そしてかき混ぜられていくのです。

夢から再び現実へ

遠い電車の響き 路地から路地に伝染り
目覚めれば誰もいない部屋 夜が忍び寄る

鈴木茂「微熱少年」

路面電車の響きが路地に広がっていく。この「路地」は「風街」の路地、つまり過去の街並みだと思います。語り手の視線は窓ガラスから、空に浮かぶ路面電車を経て、部屋の外に広がる路地に移っていきます。夢の世界が大きく大きくなっていくのがわかりますね。
しかし、ふと目覚めると語り手は部屋の中にいるのです。誰もいない夕暮れの部屋。微熱の魔法が解け、たちまち語り手は現実の世界に引き戻されます。自分が見ていたものが、ただの夢だったことを思い知らされます。儚いですよね。やがて夜のとばりが降り、路地も、路面電車も皆見えなくなってしまいました。

「ほらね、嘘じゃないだろう」

ほらね 嘘じゃないだろう
路面電車は浮かんでゆくよ 銀河へと

鈴木茂「微熱少年」

「微熱少年」の最後は、あの野球少年の言葉で幕を閉じます。
夢から覚めた語り手の脳裏に、少年の言葉がよみがえります。まるで、さっき現実で聞いたかのように、はっきりと。
たしかに夢から覚めたのです。風街の世界も消え、外は夜の闇。そんな中でよみがえった少年の声は、あの美しい記憶は永遠に語り手の心の中で生き続けるというメッセージなのでしょうか。あまりにも叙情的で幻想的な終わり方です。

おわりに

「微熱少年」、いかがだったでしょうか。私は、この夢に憧れつつもやはり現実に生きなければならない語り手の儚さが好きで、時々「微熱少年」の世界に浸りたくなります。「微熱少年」を聴いたことがないという方も、様々な音楽アプリで聴けますのでぜひ歌詞とともに味わってみてください。
それでは、またお会いしましょう!
ありがとうございました。

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