見出し画像

よそ者

暖簾をくぐると三人の鋭い視線が私に集まった。「どちらさん」。六、七十代の女性店主がカウンター越しに問うた。

五月の連休、私は房総半島の興津を旅で訪れた。知らない土地を訪れる際は、地元の人から話を聞きたい。駅から五〇メートルほど歩いたところに、小さなプレハブの焼き鳥屋があった。暖簾は出ているが随分小さい。好奇心から扉を開けた。

カウンターのみの店内には夫婦と思しき客が二名。自分が観光客であることを告げると、さらに質問が来た。「ワクチンは打ったの」。店主に対し、私は既に三回接種した旨を伝えると、席を勧められた。店主と相談し、地酒の東灘をお湯割りで注文した。

「皆さんはもう打たれたんですか」。ワクチンをきっかけに話に割って入った。「ここはみんな打ってるよ。お兄ちゃんどっから来たの」。するとすかさず男性客が女性を制止する。「いいんだよ、そんなこと。ほっといてやれよ」。男性は、よそ者の私が会話の輪に入ることが気に入らないようだった。

その後、常連客が一人増え、彼らは私を挟むにようにして会話を始めた。勇気を出して彼らに質問を出す。「お仕事は何をされてるんですか」。返答はあるが、そこから会話のキャッチボールにならない。

弱気になり、キョロキョロと周囲を見回していると、一枚の張り紙が目についた。「コロナのため、初めての方はお断りします」。背中が冷や汗でびっしょりになった。

コロナの新規感染者数は減少傾向にあり、私の職場では既にマスク着用の義務は形骸化していた。都会の若者の価値観で他地域に足を踏み入れたのは大きな誤りであった。男性客は、感染の警戒で私との会話に消極的だったのだろう。取材において、時と場合を考慮する必要性を肌で感じた瞬間だった。

「ご馳走さまでした」。徳利を空け、私は足早に店を出た。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?