竜殺しのブリュンヒルド~ネタバレ有~

竜殺しのブリュンヒルド

○○さんから「これは梅さんが読むべき作品ですよ。絶対気に入ると思います」
うっそだあ。と思いつつ、購入。読了。
一言で表すなら、最高。疑ってごめんなさい、○○さん。
美しく、切なく、苦しく、無慈悲で、どうしようもなく納得がいかない最高の作品。
「いやさ……」と、苦情を呈しかけた口が何度もパクパクと開け閉めされる中で、表紙から伝わってくる“真声言語“に諭され、「そうだよな。世界って、理不尽で残酷なんだ」と顔を俯ける。
結局は、私はこの作品に身も心も絆されてしまったのだ。惚れたものが負け。その原理を、まさか小説で味わうとは。

ストーリ自体は、おおよそ予測が立てられるものであったが、大切なのはそこではなく、圧倒的ともいえる心理描写の数々だった。
一作家として、こういう作品を作りたい、と思わせられた。

親のように慕っていた、恋をしていた竜を殺された少女が復讐を目論む。第一章で竜を殺された少女はその胸に強い復讐を誓うのだが、第二章ではまるで別人のように人間世界へと溶け込む。キャラブレか、と思わせるほど一変した少女の態度だが、それが仮面であるとさすがに読者にも分かる。
ジグルズの登場により、少女の本音と建て前がきっちり描かれていて非常に理解しやすかった。
第三章で自分の手駒を得た少女は、見事に復讐相手と相対する機会を得た。そして、バッドエンドを確信する回でもある。
少女が幸せになる道は、確かに用意されていた。選んでほしい、選ばないでほしい。読者の葛藤が揺さぶられる。少女は……選ばなかった。
少女の決断になぜかホッと胸を撫で下ろす。この時点ですでに、私の中でもこの物語を見届ける覚悟が生まれていたのだろう。

第四章で少女は意外な方法で復讐を成し遂げた。そして、同時に自分の命も潰える。
物語にアイテムは付きもの、とよく言うがこの使用方法は意外だった。ジグルズは少女の中では大切な存在だったが、物語を静観する読者からはピエロだったのだと思い知らされた瞬間である。

終章。余談であるが、私は序章と終章が繋がっている作品が好きだ。物語を読み終わったあとに、もう一度冒頭に立ち返らせてくれるような作品を愛しているし、自分も書きたい。
竜殺しのブリュンヒルドは、私のそんな欲求を見事に満たしてくれた。
最愛の竜から紡がれる愛と憎悪。憎悪とは、愛の果てにあるものなのではないかなんて思わせられた。
叶わなかった二人の願い。それでも紡がれる愛の言葉。欲望。失われた未来。
描かれる一言一言に、涙が止まらず、胸が締め付けられた。
救いのなかった世界で許されたたった一つの救いが、この物語を傑作まで押し上げたのではなかろうか。

この物語を読むにあたり、適さない読者がいる。それは、聖書が嫌いな者。理論のない漠然とした世界観が嫌いな者、設定の裏付けを常に求める者である。
割と、「この世界はこういうものですから」という点で押し進められる箇所が多い。例えば、「神がこうおっしゃり、神が導く死後の世界があるんだよ」とか「こういう竜を殺せる機械があるから」とか。こういうものですから、という前提で進められていくので、中にはちょっと強引さや飛躍感を感じる者がいると思う。
だから、読み終えてなおさら○○さんがこれを進めてきたことに驚いた。あなたが一番に突っ込みそうなのに、と。でも、この物語においてそれらが重要なのではないと理解出来れば、一様に楽しめると思う

欲を言えば、どうにも分からなかった点もある。
復讐相手、つまりは少女の実の父親のキャラクター像だ。冷徹で淡々とした男だと思わせておきながら、自分の息子には優しさを見せる。でも、子供には興味がないし、顔も名前も知らんと、冒頭で言い放っていた。ううん、このキャラの行動原理がもっと描かれていれば納得がいったかもしれない。

もう一点は、花束の件だ。若干必要性が分からない。いやまあ、少女はそれで殺しきるつもりだったのだろうが。見積もりの甘さが目立った。エデンの実を食べ、彼女の頭脳が人より優秀であると描かれていた分、陳腐さを感じた。
やべ、失敗した。とすぐに逃げようとするところも、いままで描いてきた少女の気高さを損ねてしまったように思う。

ここからはただの憶測にすぎないが、多分こうするしかなかったのだろう。物理的な問題のせいで(公募規定文字数)。
父親のキャラについては、後書きをみて納得した。書いてるうちに変化した物語の中で、多分父親のキャラ設定がごちゃまぜになってしまったのだと思う。指でキーボードをたたきつつ、頭の中には初期構想の父親が取り残され、変に影響してしまったのだろう。
花束の件は、多分規定に合わせて妥協したんじゃないか。大切なのは後半、ジグルズの手によって父親を討たせることなので、そっちがおろそかにならないよう最善で最短の手段を選んだように見える。
自分がやりたいことを取捨選択した結果、捨て置かれたワンシーンなのかなと勝手に予想。

そう汲み取れば汲み取るほど、「ああ、これシリーズものとして再構成してほしいな」という想いが絶えない。

以上、
読書経験が少ない私が大それた口をきくが、この物語は人生で三本の指に入るくらい良作であった。

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