園田茂部雄のモブな日常 第1話

「アラサーの魔法少女ってどう思う?」

 突然こんなことを言われた。
「いや、どう思うって言われても…」
 夜中突然歳の離れた従姉「魔塚 なぎさ」から電話で呼び出されて来た公園で、そんなことを聞かれれば戸惑うに決まっている。
「怒らないから正直な感想を言ってみなさい」
 こう言う人の八割は内心メッチャ怒るのだが、これ以上返答しないとそれはそれで怒られる気がしたので正直に答えることにした。だが少しでも相手を怒らせないようにするため、精一杯の笑顔でこう言った。
「とりあえず…少女はないと思います…ハハハ。」
 言った直後顔面にグーパンされた。
「あたしだってさ…やりたくてやってるわけじゃないんだよ!! いつまでも正義の味方でいたいわけじゃないの!!」
 正義の味方は一般人に理不尽な暴力を振るって何も感じないのだろうか。やっぱり正義なんて一個人のエゴでしかないのだ。今それを学んだ。
「でも偉いですよこんな歳になるまであんな恥ずかしい格好で悪と戦っているなんて。」
 言った直後顔面にまたグーパンされた。今度はほめたつもりだったんだがなぁ…

 俺は「園田 茂部雄」名前の通り何の特徴もないいわゆるモブキャラと呼ばれる存在の一人だ。どこかのライトノベルの主人公みたく、平和な日常から突如刺激あふれる非日常に変わる予定もない。本当に何も持っていないただの人だ。だが、先ほど俺を二回ほど殴ったこの女性は違う。先ほどの会話から推測できるようにこの人はいわゆる魔法少女と呼ばれる存在だ。

 魔法少女なのだ…うん…。

 話を聞くと中学二年の頃にマスコット的なかわいらしいものから勧誘を受け、魔法少女として活躍したらしい。ここまで聞くとまぁ普通のそこらへんにいる魔法少女だったのだが……。
「なんで私29にまでなって魔法少女やらされてるの!? 普通中学か高校卒業のタイミングで引退するでしょ!!」
と、いうことらしい。
 分かりやすく例えると、定年退職したあともずっと働かされるようなものだろうか。
「私だって自分自身がキツイ存在だってことは重々承知しているよ!! でもあの小さい悪魔どもが引退を許してくれないんだもの!!」
 いつから魔法少女はブラックな仕事になってしまったのだろう。まさか社会の闇がこんなところで蔓延っているとは誰も思うまい。とりあえず世の中の正義の味方は、悪の組織を潰すより先に社会の歪みを正したほうがいいのではないだろうか。とにかく今はこの社会の闇に飲まれつつある従姉を救わねばなるまい。
「いいじゃないですか魔法少女! 三十路まで続けていられる人なんてなぎさ姉さんだけですよ! 」
 言った直後に胸倉をつかまれ、
「29歳だからまだ20代な?」
「ヒィッ! …」
 正直ちびるかと思うほどの迫力だった。
「あんたはそう思うかもしれないけど世間は違うのよ!!」
 いや俺も29で魔法少女はキツイと思っているんだがこれは心の奥にしまっておこう。
「しかも29歳になった今でも魔法少女としての才能は伸び続けてるみたいだから尚のことやめさせてくれないし!」
「ま、まあそれはいいんじゃないですか? 才能はあるに越したことはないでしょう。」
「そうでもないのよ…ほら、私にはラブリービームって必殺技があるじゃない?」
「ああ、あのピンク色のよくわかんない光線ですね。」
「そう、魔法少女始めたての頃はあの光線が当たると心なしかちょっと熱くなってなんだかんだ怪人が爆発する必殺技だったんだけど…」
「いやもうその時点で大分怖いです。」
「最近じゃあ光線の温度が一兆度にまでなって一瞬で怪人を消し炭にできるようになっちゃったの。」
「怖すぎですよ!! 一兆度ってもはやゼットンの光弾レベルじゃないですか!」
「他にも変身しているときの握力が10万トンだったり、サイコキネシスで怪人を洗脳することもできるようになってきているわ。」
「もはやスペックが完全にウルトラ怪獣レベルですよそれ!」
 なぎさ姉さんの愚痴はとどまることを知らない。
「私たち魔法少女にはね、一年に一回歴代の魔法少女たちが集まって強大な敵を倒すというオールスター企画があるの。」
「あー、やってましたねそんなの。今では40人以上いるんでしたっけ?」
「そうよ…そのときはなんか不思議な魔法の力で10代のピチピチの少女の姿になれるのよ。」
「え? じゃあ特に問題ないんじゃ…」
 そんな当然とも言える疑問を口に出すと、なぎさ姉さんはものすごく悲しい顔になってしまった。
「…見た目はなんとかなるのよ…でもね中身はれっきとした29のお姉さんなのよ…」
「…あっ」
 姉さんが言わんとしていることが分かってしまった。
「時々ね…新人の若い子達がこそこそ言っているのが聞こえてくるのよ…特にピースしてる黄色い子がね…『29で魔法少女ってきつくない? (笑)』ってね…」
 とんでもない地雷を踏んでしまった。地雷っていうかほぼ核弾頭だ。
「うるせえよ!!! わかっとるわそんなこと!!! お前らもあと10年したらこうなるんだからな!! 覚えとけよ!! って思うんだけどね…そのときの自分の歳を考えると…またね…」
「っ!?……」
 悲しすぎる。こんな莫大な悲しみ俺にはどうすることもできない。だが、今までの人生を悪と戦ってきた人の結末がこんなのでいいのだろうか? いや、いいわけがない! どうにかして立ち直ってもらわなければ。
「で、でもそれだけ長い期間やっているとファンも結構な数いるんじゃないですか? ほら! 魔法少女って人気すごいじゃないですか!」
 これなら地雷を踏み抜くことはないだろう。彼女のことを慕ってくれている人々のことを思い出せばきっと元気が出てくるはずだ。
「ファン…ね……。」
 あれ? なにかおかしいぞ?  なぎさ姉さんの顔がさらに曇ってしまった。
「私のファンが魔法少女業界でなんて言われているか知ってる?」
 これ以上聞いてはまずい…気がする。
「魔法熟女愛好家集団ですって…ハハッ。」
 やっちまった…地雷を回避するどころか地雷原の上でタップダンス踊ってしまったようだ。なぎさ姉さんは目に涙を溜めたまま続ける。
「自分がメインの同人誌がマニアックってカテゴリに属してしまっている私の気持ち…わかる?」
「あ…え…。」
 言葉にならなかった。いや、この感情を言葉にすることができなかった。この人の背中にはとんでもないものが圧し掛かっているのだ。このままでは一人の魔法少女が社会の闇に沈んでしまう。
「い、いや…あれ…ですよ…29なんてまだ全然若いですよ! うん! 熟女なんて失礼なこと言う人いるんですね! あははははは…」
「魔法少女が大好きな連中なのよ…30どころか高校卒業した時点でBBAよ…」
 魔法少女好きな連中全員捕まればいいのに。
「じゃ…じゃあいっそのこと魔法少女をやめましょうよ! ね! なぎさ姉さんだって十分頑張ったんだし、世間だって快く引退を受け入れてくれますよ!」
「やめられたらいいんだけどね…」
「え?」
「魔法少女はね、純粋で綺麗な心をもった美少女がなれるものなのよ。それで大体の魔法少女は中学、遅くても高校で引退するでしょ?」
「まぁ…そうですね。」
 再びいやな予感がした。
「その理由はね…大体の魔法少女が純粋じゃなくなるからなのよ…」
「どういうこ…あっ」
 もしかしたら今日一番の地雷に突っ込んでしまったかもしれない。
「そうよ!! お察しの通り!! 大体の魔法少女は中学、高校卒業のタイミングで彼氏ができてそいつと合体してるのよ! 私以外のみんなはね!!」
 そうか…よくよく考えれば魔法少女なんてみんな美少女だ。そりゃあ引退した後すぐに彼氏ができたとしても不思議ではない。ということはつまりそういうことなのだろう、なんといやらしいことか。
「普通は魔法少女じゃいられなくなるから自然に引退するんだけどね…私の場合未だに現役だし、定期的に魔法少女にならないと魔力が暴走して町一つ吹き飛ぶらしいわ…」
 もはや設定が完全に魔法少女ではない。
「な…なぜこんなことに?」
「そんなこと私が知りたいわよ!!! 変な白いマスコットに『君には魔法少女の才能がある! 僕と契約して魔法少女になってよ!』って言われたからなってみたら…あああああああああああ!」
 世の中には悪いマスコットもいるもんだ。きっとそいつは今までも何人もの少女を不幸のどん底に突き落としてきたのだろう。やっていることは完全に悪行にカテゴリされる。
「で、でも流石にいい感じになった男の子とかいたんじゃないですか?」
「ないのよ…私は怪人を倒すことに青春の全てを使ってしまったのよ…」
「…………」
 とりあえずこのままこの公園にいても仕方がない、というかどうしようもできない。俺みたいなモブキャラがこんなにも深い心の闇を取り払うなんて土台無理な話だったのだ。今日はおとなしく家に帰り、ゆっくり心の傷を癒すのが得策だろう。
「な、なぎさ姉さん、もうそろそろ帰らないか? 最近はここら辺も物騒みたいだし。」
「…そうね、こんな時間に女の子が出歩いていたら危ないわよね…。」
 このアルティメットゴリラより怖い者がこの世にあるのかは疑問だが、どうやらこのどうしようもないほど暗い空間から抜け出すことができそうだ。
「仕方ない、コンビニでビールとチー鱈でも買って帰るか。」
 そんなことをしているからモテないんじゃないのか、そんなことを思ったときであった。夜の闇の中からこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。おそらく背格好から男であることは分かるがそれ以外の情報は見出せない。なぜなら男は漆黒のマントで体をすっぽり覆い隠し、顔もマスクとサングラスで完全に隠しているからだ。…見るからに怪しい。こんな明らかな変質者を見るのは初めてだ。なぎさ姉さんも警戒をしている。
「はぁはぁ…お嬢さん……はぁはぁ……こんばんわぁ…」
 男がゆっくりとしゃべった。息切れが激しくこの不審人物が興奮状態になっているのがわかる。明らかに普通ではない。
「茂部雄ちゃん…」
 なぎさ姉さんも真剣な顔をしていた。
「私…久しぶりにお嬢さんって呼ばれたわ…」
「それどころじゃないでしょ!!」
「はぁ……はぁ…」
 男はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 そして…

「私の体を……見てください!!!」
 そう言うと男はマントを投げ捨てた。俺はとてつもなくいやな予感を感じ取ったのでとっさになぎさ姉さんの目を手で覆い隠した。
「え? ちょっと? 何!?」
「見てはだめです! 嫁入り前の人が見るものじゃありません!」
なぎさ姉さんは何がなんだか分からないようだ。どうやらとっさに目を隠したのは正解だったらしい。男のほうを見てみると…マントの下はやはり全裸であった。見事なまでのすっぽんっぽんだ。意外にいい体をしている。アレも…見事であった…うん。
「どうですか! 私の体は!! ホラ! 遠慮しないで見てもいいんですよ!!」
 男は恥らう様子もなく素っ裸で腕を組んで堂々と立っている。あっちも堂々と勃っていた。こんなもの誰が好んで見たがるのだろうか、そしてこいつも何で見せたがるのだろうか。露出狂の考えることは全く理解できない。この窮地をどうやって脱出しようか考えを巡らせていると、
「茂部雄…」
 なぎさ姉さんがつぶやいた。
「もしかしてだけど…今そこにいるのって…露出狂なの?」
「うん…そうだよ…だから目を開けちゃいけ」
「今そこに生のチン○ンがあるのね?」

 …ん?

 今この女性は何を言ったんだ?

「そうなのね茂部雄、今私の眼前には○ンチンがあるのね。」
 何を言っているんだこの三十路魔法少女は。
「いや…まぁ…そうだけど…」
 従妹の予想外の反応に俺はただただ困惑していた。普通なら「キャー!」とか「変態!」とかそういう反応をするはずなのだ。なのになぜこの女性は冷静に生のチ○チンがあるかどうか状況を分析しているのだろう。
「そう…か…」
 なぎさ姉さんはそう言って一呼吸整えた。そこには先ほどまで自分の半生を嘆いていた女性の姿は無かった。何か決意に満ちた表情をしていた。
「茂部雄、手をどけなさい。」
「え?」
 手をどけろだと…!? そんな意図の分からない言動に俺はさらに動揺した。
「そ、そんなことをしたらなぎさ姉さんあの汚物を見ることになるんだよ!?」
「そうね…私はチンチ○を見ることになるでしょうね…」
 その言葉には微塵も動揺を感じられなかった。
「まさか…!?」
 俺は気がついてしまった。この言葉の意味を…気づかなかった方が幸せだった事実を。脳内で何度も否定した。曲がりなりにもこの女性は魔法少女なのだ、そんなことあるわけがないと。だが確認をしなければいけなかった。
「なぎさ姉さん…もしかして…」
 次の言葉が出なかった。理性が、本能が止めるのだ。言葉にするのを、それを聞くのを。
しかし聞かなければ話が進まない。意を決して言葉の続きを紡ぎ出した。

「もしかして…チン○ン見たいの?」

「めっちゃ見たいッッッッッ!!!」

 絶望に塗れた30年は一人の女性の心を壊すには十分であった。

「いやいやいや! ダメでしょ! ナニ言ってるんですか!?」
 突然のカミングアウトに俺はただただ驚いた。
「魔法少女としてその発言は完全にアウトでしょ!!」
 正義の味方である少女たちの憧れ、魔法少女が露出狂の男性器を見たがるなんて誰が想像できようか。だが魔法少女、「姫野なぎさ」はただただ必死であった。
「うるせぇ!! たぶんイケメンのチン○が今目の前にあるんだぞ!! こんなチャンス二度とねぇんだよ!!」
「いや、あんた自分が何者なのかわかっているんですか!?」

「魔法少女だよおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 彼氏いない歴29年、現在29歳の必死の叫びであった。こんなに悲しい魔法少女がこの世にいていいのだろうか。だがそれでも正義の味方がチン○を見たがるのはどうなんだろう。
「最初に見るのがこんな変体のヤツでもいいんですか!?」
「おいおいおい、変態とは失敬だな。」
「いや、お前を変態以外の言葉で言い表すのは無理だ!」
「僕はただこの体のすべてを多くの人に見られることに興奮を覚えているだけだ!」
「やっぱりマジの変態だよ…」
 相変わらず変態は恍惚とした表情のままだ。
「さぁそこの君も僕の体を見るんだ! さぁ!」
 変態がこちらに一歩近づいてきた。まずい…このままではこの変態が何をするかわからない。一刻も早くなぎさ姉さんとここから逃げなければ…だけど…
「うおおおおおおおおお!! 見せろおおおおおおおお!」
 だが逃げようにも肝心のなぎさ姉さんに逃げる意思がない。…こうなったら賭けに出るしかない。この人の正義の心を信じるんだ。
「…なぎさ姉さん…いいの? こんな変態という名の悪の誘惑に乗ってしまって……」
「…!」
「こいつは夜な夜な町の人々に恐怖を与えて生きているんだよ? こんなヤツの思惑に乗っていいの?」
「っ!」
 そう、この人はあくまでも正義の魔法少女なのだ。どんなに欲望に塗れていたとしてもその心の奥には煌く正義の炎が燃えているはずだ。
「今ここでこいつを倒さないともっと多くの人が不幸になるんだよ?」
「いや、意外とノリノリでガン見してきた子とかいたけどね」
「お前は黙ってろ!! …なぎさ姉さんの正義ってこんなものだったの?」
「…」
 静寂がこの場を包んだ。今彼女の心の中では激しい争いが起きているのだ。悪を憎む正義の心とチン○を見たい邪な心。俺が思っているよりもこの決断は重いものなのかもしれない、でも俺は信じている。この人の中にある「正義」という火を…。
「わかったわ…」
「ッ! それじゃあ!!」
「ええ…私はこいつを打ち倒す…ありがとう、あんたのおかげで目が覚めたわ…。」
 正義の心がチン○に勝ったッッッ!!
 よかった…。本当によかった、やはりこの人は腐っても正義の味方なのだ。この世界を守る主人公の一人なんだ。
 そしてなぎさ姉さんはゆっくりしゃべりだした。
「でもね…ここでこいつをぶっ飛ばしても何の解決にもならないわ…」
「それは…」
 確かにそうだ、仮にこいつを吹き飛ばしたとしてもこいつは懲りずにまた同じ犯罪を繰り返すかもしれない。問題の解決のためにはこいつを改心させる必要がある。
「どうしたんだい? 僕の体を見ないのかい?」
 変態は堂々と腕を組んでアレをぶらんぶらんさせている。
「じゃあ一体どうすれば…」
「私が説得してみるわ…」
「えっ!?」
 悪人の説得、確かにこれも正義の味方の仕事だ。しかし…この人一人置いて行くのはやはり危険すぎる。
「なら俺も一緒に」
「ダメよ!!!!」
 凛とした力強い声だった。その一声だけで完全に俺の言葉は止まってしまった。それほどの迫力だった。そしてなぎさ姉さんはさっきとは真逆の優しい声でささやいた。
「危ないからあなたは家に帰りなさい…ここから先は私たち正義の味方の仕事よ。」
「で、でも…」
「お願い…私を信じて…絶対にこいつを改心させてみせるから…」
 その言葉からは優しくも確固たる意思が感じられた。そうか…これが正義の魔法少女なのか…俺はなんでこの人のこと疑ってしまったのだろう。きっとこの人なら大丈夫だ…むしろ俺がいたら邪魔になってしまう。
「わかったよなぎs」
 すべてを彼女にまかせて立ち去ろうとしたそのときであった。
「大丈夫よ…この人とちょっとそこの公衆トイレで話し合うだけだから…」
 ……………ん? 今なんて言った? 公衆? トイレ? …なぜ?
「大丈夫、大丈夫、ちょっとそこの誰の助けもこなさそうな公園の公衆トイレで露出狂の変態と魔法少女がお話するだけだから、うん。」
 ……ん? え? これは俺がおかしいのか?
「もしかしたら興奮した露出狂に突然教われて、なすすべも無く服を脱がされ恥辱の限りを受けることになるかもしれないけど大丈夫よ。」
 あ、違う。おかしいのこの人だ。
「ちょっ、なぎさ姉さん?」
 声をかけるが彼女は止まらない。
「全裸にされたうえに○○○や○○○○とか○○○○○○されるかも…あ、あと魔法少女のスティックを○○○して…ああっ! 違うの! そのスティックはそんなことのために使うんじゃ…」
「なぎさ姉さん止まって!! 一回落ち着こう!!」
「確かにスティックに振動機能はあるけど…それをこんな…嘘…いや! ダメよ! スティックのピラピラの部分を…」
 一体魔法スティックで何を想像しているんだ。
「え? …ちょっと…大丈夫ですか…?」
 ついには露出狂の人にも心配された。
「いや大丈夫じゃないですけど何とかするんで! ちょっと待っててください!」
「一通り終わった後個室の洋式便所に連れ込まれて太ももの辺りに『正』って書かれるんだわ! そして身動きできないよう縛ったまま放置されてそこらへんのホームレスといやらしいパーティーを…」
「ほんとお願い! こっちの世界に戻ってきて! このままじゃこの作品年齢指定かかっちゃう!!」
「ハッ! 私は一体…」
 必死の懇願が通じたのか、やっと正気に戻ってくれた。
「なぎさ姉さん! 落ち着いた!?」
 息を切らし肩を上下させていた。明らかに興奮状態になっているなぎさ姉さんを見て露出狂が明らかに引いていた。
「クッ! 私としたことが…これから始まるセッ…じゃない話し合いにこんなに正義の心が昂ぶるなんて…」
「おい! 今なんて言おうとした!! てか話し合いでそんなに正義の心が昂ぶるわけ無いだろ!」
「正義だろうと性技だろうとなんでもいいでしょ! さぁこれからは大人の時間よ! 子供はさっさと帰りなさい!!」
「いやあんた一応魔法『少女』でしょ!?」
「いい加減にしないと魔力であんたの体吹き飛ばすわよ?」
「もう完全に台詞が悪党だよ!」
 なぎさ姉さんが本格的に抵抗してきた。しかし力では魔法少女のなぎさ姉さんに勝てないだろう。となるとやはり説得しか手段がない。どうにかしてこの暴走状態をなんとかせねば。
「魔法少女がそんなに汚れてていいの!? 魔法少女は正義の味方なんでしょ!?」
俺は腹のそこから全力の声を出した。
 するとなぎさ姉さんの動きがピタッと止まった。
「魔法少女だったら…だめなの?」
「え?」
 今までとは打って変わって小さな声で呟いた。体も小刻みに震えていた。
「魔法少女だったらエロイこと考えちゃいけないの…? 他の女の子たちみたいに妄想とかしちゃいけないの…?」
 彼女の声はこれまでとは違い弱々しく、これまで数多の怪人を倒してきた魔法少女なぎさの声ではなかった。これは、「魔塚なぎさ」という少女の本心だ。
「私だってわかっているよ…魔法少女がこんなこと言っちゃいけないって。みんなのお手本でい続けなきゃいけないって。でもね、そう考えたときいっつも他の女の子たちはどうなんだろうって考えちゃうの。」
「なぎさ姉さん…」
「魔法少女であることに誇りは持っているよ!? でもね…私だって一人の女の子なんだよ? 男の子のことだって気になるし、性行為だって興味があるんだよ。」
 そうか…この人はこれまで魔法少女として生きていくためにいろんなモノを犠牲にしてきたんだ。みんなの憧れであるために、みんなの正義であるために。
「でもね…もう限界なの…私29だよ…? もう魔法少女も処女もキッツイ歳よ? なりふり構ってられないの。」
「ッ…!」
 重い一言だ。もしかしたらこれは彼女にとって千載一遇のチャンスではないのだろうか。俺は…このチャンスを潰してはいけないのではないか? このまま彼女が大人の階段を上っていくのを黙って見届けてあげるべきではないのだろうか。あ、見届けるってそういう意味じゃないよ?
「だからね…お願い…私を止めないで。」
「なぎさ…姉さん…。」
 ダメだ…俺には止められない。この人が背負っているモノを知ってしまったから。いいじゃないか、魔法少女がド変態でも。露出狂の変態に犯されたがっても。世界は広いんだからそういう魔法少女だっていてもいいじゃないか。
「わかったよ…なぎさ姉さん。俺はここを離れるよ。」
「茂部雄…!! ありがとう…ありがとう…!」
 彼女の目を隠し続けた僕の手に、暖かい涙が触れているのがわかった。
 俺はその手をそっとはずした。
 魔塚なぎさは言い放った。
「それじゃあ露出狂! 公衆トイレで話し合おう!! 私は無抵抗であなたに危害は加えないから、そこで何してもいいわよ!!」
 これで彼女は魔法少女としてのすべてを失うのかもしれない。それでも魔塚なぎさは選んだのだ。正義よりも彼女の女としてのプライドを。

 そして露出狂はその答えを口にした。

「いや…さすがに露出狂に襲われたがっている変態魔法少女と公衆トイレで一対一はちょっと…さすがに引くって言うか…露出狂の私もドン引きというか…スンマセン無理っすわ…。」

 そのとき、世界が凍りついた。

 辺りを静寂が包む。

「…第一、第二魔力開放…」
 なぎさ姉さんの纏う空気が変わった。どす黒い、この世の闇をすべて包括したようなオーラが出ている。
「来たれ深遠の闇…この身に宿れ灼熱の業火…」
 なんかものすごくまずい気がする。なぎさ姉さんを中心に空気が渦巻き、周囲の地面にヒビが入ってきている。気のせいか彼女の周囲に黒い稲妻のようなものが走っている。
「ちょ…ちょっと? なぎさ姉さん?」
「生きるは許さず、死するも叶わず、絶えず自壊する泥の人形、結合せよ、反発せよ、地に満ち己の無力を知れ…」
 だめだ、全然届いていない。
「え? ちょ? なにこれ? え?」
 露出狂も困惑している。
「は…早く逃げるんだ!! じゃないととんでもない目に…」
「地獄の門より全てを焼き尽くす獄炎よ、我が眼前の敵を残らず消し去れ!!」
 あ、終わった。
「魔神剛炎裂波千刃黒焔龍衝!!」

 ドオオオオオオン!

 すさまじい轟音とともに放たれたその魔法は、彼女の心を表すかのように禍々しい真っ黒な炎の龍となって標的を燃やし尽くした。奇跡的に近隣の家を吹き飛ばすことなく、変態だけをみごとにマル焦げにしていた。そして彼女は…
「ふう! すっきりした!!」
 何事もなかったかのようにとても清々しい顔をしていた。気に入らないものをすべて吹き飛ばし、存在するかもわからない運命の相手を探し続ける悲しい存在。それが魔法少女魔塚なぎさなのだ。
「うーん、久しぶりに大魔法打ったら汗かいちゃった…。茂部雄よかったら久しぶりにオネェちゃんと一緒にお風呂に…」
「オツカレッシタァ!!!」
 俺はあまりの恐怖にその言葉を最後まで聞くことなく、その場から全速力で逃げ出した。

 戦え! 魔法少女なぎさ!! この世の悪をすべて滅し、運命の相手のチン○を見るその日まで!!


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