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音楽と仲間と自分に再会した日

愛してやまない音楽を、
聴けなくなってしまった数年間があった。
いい曲を、聞いても、聴いても
何故だか心まで入ってこない。
もうずっとこのままなのだろうか。
自分の一部がなくなって、取り戻せそうにない。
そんな時期があった。

くるり、というロックバンドが好きだ。
その日、何かを求めるように、
10年ぶりにライブに足を運んだ。

「真夏日」という曲を聴きながら一人歩く。
夕暮れ前。暑さに背中が汗ばむ。
薄くなった髪の毛の間を通って汗が流れ落ちる。
曲の歌詞のような7月の夏の日。
人の列が、住宅街を縫うように進む。
懐かしさと、
久しぶりにかえってきた、という喜び。
何か変わるかもしれない、という淡い期待。

会場はある街の市民ホール。
ごった返していないのがまたいい。
物販も十年ぶり。
長蛇の列ではないのはいいが、
その分何を買おうか迷う時間がない。

周りの人々を見渡す。
バンドTシャツを着ている人が少ない。
かく言う僕も着ていない。
僕と同年代か少し上の、程よく老けこんだ面々。

国際結婚の素敵な夫婦がいた。
男性も女性も、いや、おじさんもおばさんも、
お一人様がたくさんいた。

開演前、撮影録音禁止のいつもの放送。
斜め前に小柄な女性が座り、すぐにスマホを切る。
僕らはみんな、そんなことしませんよ。
心の中でほくそ笑む。

一度暗転。その後ステージが眩しく照らされる。
バンドが登場。拍手が起こる。
しかし誰も立ち上がらない。

そのまま一曲目。
「真夏日」
歩きながら聴いていた曲。
そして、一曲目として密かに予想していた曲。
見事的中。
こんなことを、昔はよく友達に自慢していた。

スローテンポのノリにくい曲に体を揺らし、
音を、曲を、着座で噛み締める不思議な人たち。
三曲目でついに、文字通り思い腰を上げる。
「ワールズエンドスーパーノヴァ」
皆が皆、弾かれたように立ち上がる。

ライブはまだまだ続く。
いくつかの曲で知らない振りがあり、
10年のブランクを感じる。
でも昔より自由に楽しめている。
齢をとった分、周りを気にしなくなったのか。
そんなことを考える。

「ばらの花」という名曲がある。
青春の曲だ。
昔はイントロでもう泣きそうになっていたが、
今、込み上げるものは無い。
やはり、心は取り戻せないのか。
やはり、音楽は何処かへ行ってしまったのか。

サビに入り、照明が暖色に移り変わる。
周りの人たちの顔が照らし出される。
皆、何を思っているのだろう。
何を噛み締めているのだろう。
皆それぞれ、この曲に思い出があるんだ。
そう思って、ぐっときた。

この十年でいろいろあった。
しかし、もう自分の思い出では泣かなくなった。
そういうところまで、来れたのだろうか。
そう思うと、今の自分も、悪くない。
気づけば、音楽に夢中になっていた。
帰り道も、頭の中で音楽が鳴り響いていた。

立ち上がれ 涙ぐむ街
途(みち)を造れ 嗚呼何処までも
途は続く ただそれだけで 歩いて行ける
愛の太陽

「愛の太陽」の一節である。
この日は、この曲のEP発売記念ホールツアー。
またライブに行こうと思わせてくれた曲。
また音楽を聴けるようにしてくれた曲。
この曲のお陰で、
同じ時代を生きた仲間と、音楽と再会して、
自分にもちゃんと、また会えた。

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