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一番になれなかったムッパの高校時代

思い出しただけでも悔しい事ってありますよね
とは言っても楽しい事もあるんですけど

やっぱり競技をやってる以上1番しか
目指して無いわけで、負けるというのは
本当に辛い😱

てな感じで僕の高校三年間
どうしても1番になれなかった話をしていきます

興味ある方は是非読んでってください
思い出しながら書いてきます

まず結論から言うと
大阪でも優勝をする事が出来なかったです
決勝で毎回負けてました
呪いにでもかかってんのかなって感じ
まぁ実力なんやけどね

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 ⇩
インターハイ(全国大会)で準優勝
日本一になれる自信しかなかったんですが
(大阪で優勝出来てへんのに日本一になる自信は謎にあった😅)
結果はストレート負け。
またもや1番になれず終わりましたね

大阪でも全国でも2番
死ぬほど悔しい高校三年間でしたね
今思い出しても
戻ってもう一回やりたいと思うくらいに

普段の練習でもまずは全国を意識せずに
大阪を獲ることしか考えてなかったです
高校一年から僕はエースとして
コートに立っていました

勝ったらエースのおかげ
負けたらエースの責任と

教えを受けて、全部俺次第で試合は決まる
(実際そんな事もない)
と、マインドセットをして試合に臨んでいました

高校入学の時から日本一になるっていうのを
自分の中で決めていて
1〜3年生の三年間爆速で走り続けた感覚です

男子校で女の子とイチャイチャすることもなし
スマホ持って行く事もなし
そんなん全然良かったです

そんなんしてる暇ないくらい練習した自信ある
そして毎日の1〜6限の授業で疲労回復してた
足の感覚無くて移動授業に遅れて
参加することもしばしば
(察して)

僕は高校3年生の時にキャプテンをしました
はっきりゆーて、キャプテンなんか絶対したく
なかった!やりたいやつがやればええやん!って
思うタイプでしたね

一つ上の先輩が推薦したのかな?僕の事を
もっとしっかりさせるために
キャプテンにしよう的な
そんな話聞いたような気がする

怒り込み上げてきて笑いそうになった🤪
よくも俺をキャプテンにしてくれたな?って
確かにバレーボール以外の所は
チャランポランのトップでした。
性格がでてたな、、
迷惑かけました先輩達に
すいませんでした〜
先輩と呑みに行ったらお前は難しかったって
よく言われます
何が難しいねん🤨

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