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認知の歪み

なぜ私が多くのベキネバにしばられていたのか。
ありのままの自分、
ありのままの子どもを
受け入れることができていなかったのか。
考えれば、
母とのことが思い付く。

母は、滅多なことでは褒めない人だった。
長女が産まれたあと「上手に子育てしてるね」と言われたことがあった。
何があってそう言われたのかは覚えていない。
母に褒められた記憶はそれくらいだった。
だからちゃんと育てなくてはいけないと
長女にガミガミ言っていたのだと思う。

満たされなかった気持ち

私には頭がいい姉と要領がいい弟がいる。
私も私なりに頑張って勉強してそれなりにテストで点も取っていた。
でもいつもけなされてばかり、
クラスで一番になったときも
褒めてはもらえなかった。

そんな育ちかたをしてきたので
自分の子どもには
頑張ったらたくさん褒めてあげたい。
結果がでたら褒めてあげたい。
とずっと思っていた。
でも長女は頑張っているように見えなかった。
結果も出なかった。
長女を認めてあげる声掛けを全くしてこなかった。
そもそも、頑張ったら褒めてあげようというのから間違っていた。
長女が辛くなって
学校に行かなくなるまで
その間違いに気がつかなかったのだ。


その事に気がついた後、実家に行った。
私の中学時代の成績表が出てきた。
思っていたより良い成績だった。
5教科で400点以上はあった。
母に「私、成績良かったじゃん!」
と言うと
「お姉ちゃんは450点以上だったよ」
と言われた。
母は私を褒めない。
とても悲しい気持ちだった。
1人になると涙が出た。
私はただただ母に認めてもらいたかったんだ。
でももう母に認めてもらわなくても生きていける!

今まで認知の歪みがひどかったなと実感した。
母に認めてもらうために長女を育てるのではない。

条件付きの愛情ではなく
ありのままの長女を認めて愛すると
決心した。
そして
ありのままの自分も愛してあげようと
決心した。

そう思えたのが、
長女が中2の夏休みだった。

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