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誰が奪った?

今年もやって来ました。人の生命をあんなにも軽く扱う時代が「終わった」日です。灯火管制の必要もなく、空襲に怯える必要もなく夕餉の団欒を楽しめる日常が戻って来た日です。ごくごく当たり前の日常です。異常な光景が無くなった日です。

「終わった」と言いました。何故かこの国は「終戦記念日」とこの日を形容します。中学生の頃、普通に、

「いや、『負けた』日やん」。

高度経済成長期、年を経る毎に我が家に電化製品が増えていく中で小学校に通い、大阪万博に足繁く通った中学生が社会の授業を聴いた素直な感覚であり、我ながら的確だと未だに思っています。
御都合主義でいとも簡単に言葉の使い分けで本来の意味合いをぼやけさせる詐術は、天才的な能力だとは思えないですかね。政治家なのか、官僚なのか、メディアなのか、それとも全部引っ括めてなのか。否、国民全体の無意識レベルに横たわる、共通した意図的なはぐらかしの精神構造なのかも。

私の父は明治生まれの洒落た男でした。中国大陸への従軍経験があります。心優しい軍曹さんで部下からは慕われていたようです。

夜歩哨に立っていたある初年兵が辛そうにしている様子を見て、父は声をかけたそうです。

「休んで来い。わしが代わったる」

私の幼い頃には、その兵隊さんが家によく来たものです。最後まで父のことは「軍曹殿」と呼んでいました。

その父が大陸を南下する部隊に編入せよとの命令一下、戦車に乗って進軍しました。ある南の都市に入った時のこと。

「街中で中国人が死んでてな、その上をわしらの戦車が死体を潰しながら進んで行くんや」

さて、母親の「戦争体験」です。
母は関東大震災があった大正12年生まれ。利発な少女でしたが、家に財力なく、尋常高等小学校止まり。もっと勉強したかったはず。女学校にも行きたかったはず。大学へも。

当時のことです。母もたくさん兄弟がいました。男5人、女2人。
その男兄弟5人のうち、4人を戦争に取られました。ほぼ二十歳前後。4人のうち2人が戦死、1人は「海軍さん」で乗船していた駆逐艦が撃沈され、海に放り出されました。長時間海水に浸ってしまった身体は健常な働きができないようになってしまいました。
もう1人は、母にとって弟にあたりますが、幸いにも内地で終戦を迎えたので事なきを得たというところでしょうか。

当時では、どの家庭でも同じように青年たちが戦地へと赴いたのです。その母親たちは陰でどのくらいの涙を流したでしょう。胸が痛みます。

とりわけ母は戦死した2人の兄への思い入れが強く、2人を語る時、悔しさの有り余る激情を隠すことをしませんでした。

「お兄2人を奪ったんは誰や」

そして、里の墓参りに母に同行した私は驚きました。2m近い高さの戦死した伯父さんたちの墓。何やら勲位らしきものが書いてありました。

「こんな立派な墓なんて要らんねん。伯父さんらを返せ」

そして、伯父さんたちも叫んでいるに違いないと思いました。

「俺らの夢や未来を奪ったんは誰や」

内地も時々刻々破壊されていきます。米軍機による大規模な空襲が展開されていたのです。
終戦間際の7月に、母は堺に居て大空襲に見舞われました。頭の上から焼夷弾、目の前から機銃掃射。逃げ惑うしかない。火の海の中阿鼻叫喚が絶えません。熱いからといって川に飛び込む者が後を絶ちませんでした。

「そうやって川に飛び込んだ連中は皆死んだ。もう水やのうて、焼夷弾で熱湯になっとったんや」

母は辛うじて生き延びました。
夜が明けて、誰彼ともなく遺体の山にガソリンを撒いて火葬しようとしていました。

「そんな火力で燃えるはずがない。皆『生焼け』やった」

焼け野原。電車など走っていようはずがありません。空腹を抱えながら、堺の地から里の大和新庄まで歩いて帰ることにしました。距離にして約40km。まる1日歩いて帰ることができるだろうか。
顔は煤だらけ。頭は思考停止。何時間歩いただろう。行けども行けども道が続く。暑い。
とその時、道沿いの畑で作業をしていた農夫さんがトマトをくれました。採れたてでした。

「ねえちゃん、これ食べ」

「よっぽど哀れに見えたんやろな。あのトマトの味は忘れられへん。ほんま美味かった」

母は兄を失い、煙火の中命拾いした自らの体験から、心底戦争を憎んでいました。


本来平和な世の中であれば、父は敵の銃弾に晒されることはなかったはずであり、伯父たちは自らの夢と希望に胸膨らませて生活できたはずであり、母も最愛の家族を失うことは無かったはずです。

たまたま私は如実な戦争体験のある両親のもとで育ちました。とても幸運なことだと思っています。こうして語りかけることが出来るのですから。

学んでみませんか。一緒に。
考えてみませんか。一緒に。
語り合いませんか。一緒に。
戦争と平和を分ける微妙な一線について。
戦争の奥に潜む醜悪な人間の本性について。
人類普遍の価値、「自由」「平等」「人権」「民主主義」について。

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