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薔薇とマーロウと

 もう夕暮れ時だというのに、外に出た途端に熱い空気がまとわりつく日曜日、駐車場の横を抜けて老舗の珈琲店と鎌倉野菜の八百屋さんとチェーンのドーナツショップと最近オープンした日本料理の小さなレストランの四つ辻で信号待ちをしていると、反対側の道路を歩く黒いワンピースの女性が目に入った。大ぶりの黒いサングラスで顔半分を覆い、黒髪を品よくハーフアップにし、ノースリーブのシンプルなワンピース姿は全体がとてもほっそりとして、遠目にも華奢な印象である。小さなショッピングバッグをいくつか腕にかけ、買い物帰りの様子のマダム。特徴的な歩き方に見覚えがあるような感じがして、なんとなく眺めていると真っ黒なサングラスの奥にあるであろう彼女の目と私の目が合った、のが分かった。

 Mくんのママだ。私の息子と中高、大学と一緒のMくん。お互い手を振り思わず駆け出して道路を渡った。お久しぶり.... 、お元気だったの?...挨拶もそこそこにどちらともなく腕を回してハグをした。心配したんだよ....二人とも少し泣いた。彼女はダーリンにどうぞと言って、携えていた薄いピンクの薔薇を一輪と、マーロウのスイーツを私に持たせた。彼女の家に飾るはずだった薔薇の花、Mくんのおやつになるはずだったスイーツ。ありがとう、またね、きっとまたね、と別れた。

 日が暮れてもなお引かない熱気の中、私はひとり、薔薇に寄りかかって歩いた。

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