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賞味期限切れのスパイス

仕事終わってナイトウォーク、お供はいつもAudibleでたまにはWSJ、ここのところは柴田元幸先生のアメリカンマスターピース。散歩は孤独を満喫できるのがよい。久しぶりにスパイスカレーを作った。料理好きの亡夫が遺した夥しいスパイスの数々。トマトソースをベースにしてガラムマサラ、カシミールカレーパウダー、グリーンペッパー、コリアンダー、オールスパイス、クミンシード、ターメリック、カイエンペッパー、賞味期限切れもあるよ、でも大丈夫。エビとホタテをメインにひよこ豆、にんにく、玉ねぎ、

      • Point Break

        2024/9 バンクーバートリップ Day 8  ホースシューベイからフェリーでバンクーバーアイランドに上陸。深い森や豊かな湖が尽きることなく続く大自然の中を、縫うように車を走らせること約3時間、島の西側の半島にあるトフィーノというポイントブレイクの町に到着した。森と海が融け合った天国のような場所....  夕方、トフィーノから車で40分ほど半島を北に移動した。ユキューレットという小さなサーフタウンのキャビンに投宿する。キャビンが建つ小高い丘の上から森の中の小道を降りる

        • 陰鬱な八月の一夜、沈黙

           海の湿気が大気を樹脂で固めている。陰鬱な八月、空が真珠のように美しいのに、波間はきらめいているに違いないのに。人間なんて原罪まみれだ。  私はホテルに移動するために、モノグラムのトロリーをずるずると引き摺って、港から潮風が吹き込むプラタナスの舗道をとぼとぼと歩いていた。灼熱の午後、クラシカルな風情が際立つその街には、人影はまばらだった。蝉時雨に眩暈を感じながら、さわさわと葉音を立てる濃い緑の影を踏んでいくと、自分も影だけの存在になったような幻想に囚われてしまう。わかってい

          薔薇とマーロウと

           もう夕暮れ時だというのに、外に出た途端に熱い空気がまとわりつく日曜日、駐車場の横を抜けて老舗の珈琲店と鎌倉野菜の八百屋さんとチェーンのドーナツショップと最近オープンした日本料理の小さなレストランの四つ辻で信号待ちをしていると、反対側の道路を歩く黒いワンピースの女性が目に入った。大ぶりの黒いサングラスで顔半分を覆い、黒髪を品よくハーフアップにし、ノースリーブのシンプルなワンピース姿は全体がとてもほっそりとして、遠目にも華奢な印象である。小さなショッピングバッグをいくつか腕にか

          薔薇とマーロウと

          ブリジット

           6月の終わりの金曜日、それまでの晴天続きが一転して朝から篠突く雨となった。午後から弁護士との約束がある。夏らしいホワイトのセットアップに、足元もバックストラップのシルバーのサンダルを用意していたが、急遽変更した。真っ白なキャップスリーブの張りのあるブラウスに、やはり張りのあるブラックタフタのセミロングスカート、タックが入っているので控えめに広がる。ヒールはやめてフラットシューズにした。レペットのパテントレザー、艶ブラックのブリジット。サンドリオンは先が丸いバレリーナシューズ

          ブリジット

          もう二度と幸せになれないとしても

           未来にいくつかのポジティブなオプションがあるような気がしていたけれど、そうではないのだということに最近気がついた。  小さな選択肢ではなくて---例えば、こんな仕事をしたいからそのための勉強をして少しでも夢に近づこうとか、何歳頃までに結婚したいなとか、近いうちにあのリゾート地に別荘を買おうとか、海外に移住しようとか、ではない。そうしたオプションは、選び得るし叶う可能性もあるだろう。  そうではなくて.... そうした小さなオプションを選んで、前に進んだとしても。全体として、

          もう二度と幸せになれないとしても

          この複雑で混沌とした世界の隅で寒さに震える

           国家という虚構や物語ではなく、個人の苦しみに目を向けよ、とユダヤ人の歴史学者は述べていたし、世界を理解するには、政治や経済、防衛、地政学といった大きな「こと」のみならず、小さな人たちにも心を寄せなければ、とロシアの作家は静かに語っていた。  そんなことをつらつらと思い出しながら、私は、信頼するZehoriteから届いたメールを読んでいた。彼女は某企業で人事部門のVPを務めている。心配して心配して何度かメールを送り、電話もかけた。気丈なZehoriteは言う。私たちは大丈夫

          この複雑で混沌とした世界の隅で寒さに震える

          春の夢

           ああ、おかえり。 帰ってきた気配がして目が覚めた。 夢だったのか、現だったのか、私がベッドでまどろんでいる間に、長い出張から帰ってきたみたい。クローゼットに入っていく気配。  目をはっきり開けてみたら、いつものひとりの寝室だった。 帰ってきたの?って、もう永遠に既読がつかないLineに送ってみた。 春の明け方。春の夢。  そういえば、ずっといつもそうだった。私はいつも待っていた。でも必ず帰ってきたから。私が眠っている間に。

          春にして

          『春にして君を離れ』というアガサ・クリスティーの小説がある。彼女の作品の中でも、本格ミステリー以外でとても人気のある作品かと思う。最近オーディブルで聞いたのを機に、本棚の奥から取り出して文庫の方も読み直してみた。  自信満々で独善の極みにある中流階級気取りの主婦の話である。舞台は第二次世界大戦勃発直前のイギリス、そして主人公の旅先であるテルアブハミド。おおっぴらに帝国主義の時代なのだろう、主人公のジョン・スカダモアは田舎弁護士の妻でありながら、差別意識に満ち溢れている。  

          春にして

          春幻

           土曜日は、たくさん届いた苺の冷凍作業をした。つやつやと赤く、まるまるとした苺の粒は、新鮮でそのままぱくっと食べるのがいちばん美味しいに決まっているのだが、ひとりなのでいっぺんにたくさんは食べられない。大切にいただくために一定量は冷凍保存することにした。数パック分をきれいに水洗いして、ひとつひとつへたを取り、半分にカットして、小分けにして保存袋に入れて三温糖を加えよくまぶす。きっちり封をして冷凍庫に収める。冷凍庫が、以前届いたブルーベリーと苺でいっぱいになった。  この週末

          春苺、花花、アンナ

            午前中、苺とお花の届け物があった。 苺は昨年寄付したふるさと納税の返礼品で、何ヶ月も経っていたので忘れかけていたが、うれしい届け物であった。ようやく良い粒が実り始めたのかなと遠くの苺畑に思いを馳せる。みなさんはふるさと納税ではどんなものを受け取っているのであろうか。私は、もっぱらお米、ブルーベリー、苺、の繰り返しである。次は、少し目先をかえてみようと思う。瀬戸内あたりの自治体でオリーブとかオリーブオイルなどが返礼品にあれば、寄付して頼んでみたい。あと、五島列島の椿油や、北

          春苺、花花、アンナ

          春の雨、または長旅

           雨の中散歩するのも好きである。今日は早朝から息子が帰って来ていたし、仕事は仕事で忙しい。夜まで散歩に出かける時間がなかった。ああ、やっと、と思った時にはすでに外は真っ暗で、肌寒く、しとしとと小雨が降っているようだ。一瞬躊躇したが、一日休むのも気が悪いので、シェルジャケットを羽織ってさっと出かけた。今日は買い物の必要もない。林芙美子紀行集の続きを聞きながら、歩き始めれば小さく心が躍るほどである。  不思議なもので、どうにも身体を動かすのが億劫な時期がしばらく続くこともあるのに

          春の雨、または長旅

          春雑感

           ずっと続いていた諸々の大事雑事が片付いてきて、少し落ち着いた日々を過ごしている。まずは体調第一主義なので、朝のヨガと軽い腹筋、スクワットを再開。そして、忙しさにかまけてさぼり気味だったウォーキングにもしっかり時間をとっている。歩く速度も上げ、もはや散歩レベルではない。運動っぽくなった。最近初めて取り入れたのが半身浴で、もともと熱くてのぼせる感じが苦手でサウナなどとんでもなく、お風呂もカラスの行水だったが、美容家の友人からアドバイスを受けて、試してみることにした。低温でトライ

          ある詩人とマギンティ夫人

           今、何十年かぶりにアガサ・クリスティのミステリを読んでいるのだけど、これには理由があって、先日たまたま『荒地の恋』という映画?ドラマ?を観たからなのである。  なんとなくAmazonプライムを開くと目についたので、再生してみた。なんの予備知識もなく、出演している俳優にも興味がなく(女優は見てすぐに鈴木京香さんだとわかったのだが、主人公の男性は最後の方まで誰か分からなかった…とよえつであった)、ただ古い時代の横浜や鎌倉の風景、レトロなファッションやインテリアや建物、ゆるやか

          ある詩人とマギンティ夫人

          星の光に

           「能登の方も廻ってきました?行ってない?じゃあ、今度来る時はぜひ能登まで足伸ばしてみて。いいよー能登は」  金沢へのひとり旅、最終日にふらりと立ち寄った鮨屋のカウンターで、気さくな大将が声をかけてくださった。数年前、自分にとっては2回目の金沢であったが、家族を置いてきて、好きなように見たいものを見て食べたいものをいただく、のびのびとした旅だった。その時はこんな日が来るとは夢にも思っていなかった。かの地の運命にも、自分の運命にも。  初めて北陸新幹線に乗った。レンタカーも借