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文学作品と説明的文章との違いを考える    ―― その1 作者と筆者 

                            加藤 郁夫

 国語科の教材は大きく説明的文章と文学作品の二つのジャンルに分かれている。この二つは、まったく質が異なっている。にもかかわらず、現場においてその違いにあまり意識的でないといった場面に時々出会う。例えば、説明文の授業であるのに筆者名のあとに「作」と板書されていたりする。「○○〇○作」ということは、それは作られたものということになる。教えていた学生たちに以前に聞いたことがあるが、作者と筆者の違いをはっきりと理解している学生は少なかった。
 なぜジャンルの違いが大事なのか。ジャンルによってどのような違いがあり、その違いがどのような意味を持つのかを、考えていきたい。

 文学作品は作者といい、説明的文章は筆者という。
 手元にある辞書『明鏡』(大修館書店)では、次のように書かれている。

 「作者」 詩歌・小説・脚本・絵画・彫刻・工芸などの作品を作る人。
「筆者」 その文章・書画などを書いた人。

  作る人・書いた人という違いである。
 文学作品は、虚構の上に成立している。平たく言えば、本当のことではないのである。授業の中で子どもたちから「先生、これ本当にあった話?」と聞かれたことがよくあった。自分が興味を持った話であればあるほど、それが実際にあったことかどうかが気になるのである。
 しかし、文学作品ではそれが本当であったかどうかは問題とならない。キツネがしゃべってもよいし、犬がカブを引っぱってもよい。雲が誘いかけることもあれば、月や楽器が会話をしてもよいのである。
 確かに、事実に基づいて描かれる作品もある。そのような作品でも、すべてが本当にあったことではないし、仮にすべて実際にあったことであったとしてもそれらの出来事を選びとり、配列したところに作意が働いている。
 一方、説明的文章はそこに述べられていることの真偽が問題とされる。間違ったことが述べられているのでは困るのである。説明的文章は、現実を正しく反映したものであることが求められる。
 「ファクトチェック」という言葉を、最近よく耳にする。情報の正確性・妥当性を検証する行為をいうのだが、同じことである。情報は必ずしも文字だけではないが、それらが現実を正しく反映しているかどうかということは、説明的文章の読みでも問われなくてはならない。
 文学作品と説明的文章では、時の記述一つであっても読み方が変わる。
 『舞姫』(森鷗外)の中に「明治二十一年の冬は来にけり」という一節がある。作品中における唯一の時の記述である。なぜ「明治二十一年」なのか、どうして「一八八八年」と西暦で表示しないのか、「冬」という季節はどのような意味を持つのか……といったように、その表現が持っている意味を読み深めることが重要になる。つまり文学作品を虚構ととらえることは、作品のすべての言葉・表現に意味があるととらえることであり、その意味を読み解くことが求められるのである。そして、そこにこそ文学作品を読む面白さもある。
 それに対して説明的文章はどうだろうか。『ウナギのなぞを追って』(塚本勝巳 光村図書4年)という説明文の中に次のような文章がある。

二〇〇九年五月二十二日、新月の二日前の明け方、ついにそのしゅんかんは、やって来ました。ウナギのたまごらしいものが二つとれたのです。

  追い求めていたウナギの卵が発見された時の記述である。しかし、なぜ「二〇〇九年」なのか、「五月二十二日」がもつ意味は何か、などと考えても意味はない。その日に卵が見つかったという事実が述べられているのであり、それ以上でも以下でもない。
 文学作品と説明的文章では、時の記述一つであっても、このように読み方が異なる。だからこそ、あらかじめのジャンル意識が大切になるのである。
 そのためには、作者か筆者かの区別が重要になる。それは単なる作者・筆者の言葉の使い分けだけではなく、いま何を読もうとしているのかという文章ジャンルを意識することにつながるのである。
 また作者・筆者という似た言葉の違いに意識的になることを通して、言葉に対する向き合い方を教えることができる。似た言葉や一見同じ意味を持っているように思える言葉がどう違うか、どのように使い分けているかを考えることで日本語に対する理解が深まっていく。
 国語の授業では、私たちが普段なにげなく無意識で使っている日本語を改めてとらえ直していく。言葉を、意識的自覚的にとらえることができるようにしていくのである。作者と筆者の違いもその一つといえる。

 この違いは小学1年から教えていく。はじめは、『おおきなかぶ』は物語、『つぼみ』(光村図書小学1年の2024年度からの新教材)は説明文とジャンルの違いを教える。もちろん最初から、その違いをこまごま説明する必要はない。物語だよ、説明文だよ、だけでよい。小学1年の最初の教材あたりでは、作者名や筆者名も示されてない。しかし、2学期以降の教材では作者名・筆者名が示されるようになってくる。そうなってくれば、作者なのか筆者なのかも含めて、文章のジャンルを意識するようにしていくのである。
 もちろん中学年や高学年、中学・高校では作者と筆者の違いをはっきりと意識できるように教えなくてはならない。そのことを通して、子どもたち自身が文章ジャンルに自覚的になるように指導することが大切である。

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