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便りの先に(その五)

 年が明けて気候が和らぎ、大学も無事に四年に進級した。必要な単位も少なくなってきたので、就活、バイト、講義と同じ内容でもこれまでとは少し配分が変わった生活スタイルになっている。
 
 上総さんとの対局は変わらぬペースで続いていた。
 手数は百五十二手。戦況は五分五分だろうか。途中は少し打ちにくいと感じていたが、相手の陣地のほころびに狙い目もあって楽しみな展開だった。
 
「せっかく高山にいるのに、会ってみなくていいの?」

 そう。僕は今高山にいる。
 最近の生活の変化としては、年末に彼女ができたことが一番大きい出来事だった。彼女、葉月さんはバイト先の知り合いで、もともとよく話す間柄だったのだけど、クリスマスの頃にまあそういう雰囲気になって。僕の方から申し出たのだけど、まあこの話はいい。

 ゴールデンウィークを少し外して、五月の後半に旅行にとなったのだけど、目的地は彼女の希望で高山になった。高山というか、白川郷に行きたいのだと。
 
 別に隠すようなことでもないので、高山といえばと、上総さんとの郵便碁の話も話してみたのだった。
 
「会いたくないとかでもないんだけれど、なんとなくそういう繋がりじゃない気がして。文通みたいな」
「おじいちゃんと?」
「そう、めっちゃ絵がうまいおじいちゃんと」

 会おうとは思わなかったけれど、高山の古い町並みとそびえる飛騨連邦を眺めながら、上総さんの見ているのはこんな風景なんだと考えると少し嬉しくなった。
 
 僕と葉月さんは予定通りに飛騨高山でおおいに食べ歩き、白川郷で合掌造りを堪能して神戸に戻った。二人のカバンには、旅館でもらったサルボボの根付が揃って揺れていた。
 
 僕と上総さんの対局が新しい局面を迎えたのは、この少し後のことだった。

(その六へ続く)


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