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粒≪りゅう≫  第一話 [全二十話]

あらすじ

りゅうは、幼い頃から生きづらさを感じながら、悶々と生きてきた。自分を解き放ちたい、心の赴くままの自分でいたいと行動するも、思うようにいかず空回りばかり。子供達は可愛いが、威圧的な配偶者との暮らしに疲れていた。
 
 そんなある日、四十代半ばの粒は、電車内で偶然隣の席に座った見知らぬ男性の匂いに、生まれて初めての感覚を抱く。そしてその後、粒は、一大決心をし自費出版をすることにしたのだが、粒の担当編集者となった星加は・・・。

 いくつであっても、いくつになっても、いつ、どこで『遺伝子レベルの恋』が始まるかわからない。ひょっとして、それは今日かもしれない。



 第一話

 りゅうは、その、胸の中にぐらぐらと熱く煮えたぎって、どうしようもなく抑えきれなくなった怒りを、全て、自分の左手の甲に打ち込んだ。行き場のない感情を発散するために、粒は右手に掴んだ石で、何度も何度も左手を打った。

 痛みなんか感じなかった。打つごとにぐらぐらと熱く、熱く煮えたぎる胸の熱気を全身に感じながら、もう頭がおかしくなって笑いたくなる衝動にかられ、そして打ち続けた。

左手の甲は、変色して、粒に恨めしそうに訴えてくる。

やめて やめて やめて
それは、粒の、心の叫びだった。

もうやめて
私は自由でいたいんだ
私は私でいたいんだ
なんだっていつも邪魔をするんだ
なんでいつも 人と比べてばかりで
私の頑張りを認めてくれないんだ

どうして私はいつもこんなに惨めでおどおどしていて いい子でいなければならないんだ
ちきしょう ちきしょう ちきしょう

 粒の気ちがい行為を全て受け止めた左手は、どす黒い紫色になって、もこりと腫れあがり、元の状態に戻るのに長い日数がかかった。

 
 左手の甲がもとのようになっても、粒の心は変わらずに、いつも気ちがいじみた熱い気が、ふつふつと腹の底で煮えていた。表からは決して見えない暗くて深い所で、絶えることなく煮えていた。

 ***

 学校では、時々ちょっと面白いことを言ってみたりして、明るくて真面目なキャラクターで、いた。
先生の指示に従い、規則は抵抗することなく守り、あてがわれた役割はちゃんとこなした。

“サボル”・“クチゴタエヲスル”・“フザケル”
そういう事を暮らしの中に、何の躊躇もなく取り入れている人達を見ると、自分とは違う人種だと強く感じた。
 軽蔑するとか、怒りが湧くとか、ではなく“羨ましい”のひとことだった。
そういう事を難無くこなす人がキラキラと輝いて見え、心底羨ましかった。
そんな行いをしたために叱られていたとしても、その叱られている姿でさえ素敵に見えた。
“いいなぁ~私もそんなふうになってみたいよ”と、思った。

 
 人ってそれぞれ個性があるとは言うものの、自分が一体どんな人間なのか、なんて、どれだけの人がわかっているのだろうか。

”私は、自分自身のことなんて全くわからないや”と、粒は思う。明るいのか暗いのか。人の世話を焼くのが好きなのか、面倒でやりたくないのが本音なのか。素直なのか、天の邪鬼なのか。人と話すのが楽しい?億劫?
誰もがみんな、自分が思うような事を思うものなのだろうか?それとも、こんなふうに考えるのは自分だけなのか?

 だって、状況に応じて対応しなければならないではないか。
相手によって、環境、立場、体調、様々な物・事柄によって、対応の仕方は変わって当然だ。
自分はこんな感じの人間だと思っていても、そんなにいつも、これだと決まった“型”にはまりこんだような自分でいられるわけがない。だから時々落ち込み、自己嫌悪になり、更に時々ぶちぎれる。

 自分のように、周りから“大人しくてお利口さん”という勝手な名札をつけられた者は、特にそうなりがちなのではないか。
周りが!親が!こんな私にしたのだ!と、思いたくなって、周りや親を責める気持ちも湧いてくるが、最終的に自分自身がそのようにしている=(イコール)自分が自分で決めてそうしているのだ、と思うと、誰も責めることは出来ない。粒自身にこそ、責任があるのだった。
と、理解してもなかなかそんな窮屈な状況の自分を、大空のもと、囲いのない広い空間に開放することは難しい。なんとか糸口を見つけようともがいても、駄目な時は駄目なもので、試みて駄目だったぶん、その反動で相当苦しんで、無惨な状態になる。

 粒はこんな事を、何度も何度も繰り返してきた。何度も何度も・・・。
 

 こんな事を何度も何度も繰り返しながらも、粒はずっとあきらめないできたのだ。
 自分を解き放つのは、その原動力は、自分の中にこそある。
チャンスが来たらきっと、その時が来たらきっとわかる。そしてその時には、それまで培ってきた自分の力が発揮され、全てが大きな流れになって、向かうべき方向へと進んでいくのだ、と考えていた。




第二話につづく


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