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商いとは人の心に灯をともす技

 「働く」ことの意味は何か。私は、「働く」とは神様のお手伝いをすることだと思います。英語で「働く」に対する単語は2つあります。「work」と「job」です。「work」は動くこと、「job」は金銭をもらって要望されたことをすることが意味で日本語の「働く」とは違う気がします。私の感覚では「働く」とは「art(わざ、研究)」であり「act(演ずる、立ち回る)」に近い気がします。

 一方で、「働く」に近い言葉に「仕事」があります。「仕事」に対する英語は3つあります。一つは「laber」で、文字通り「労役」。古代ギリシアにおけるガレー船の櫓を漕ぐことやピラミッド建設のために鞭打ちされながら切り出した石を運ぶことを意味します。「laber」とは奴隷労働なのです。

 2つ目は「work」。産業革命以降、人々は組織に属して決められた仕事をするようになります。イメージはタイピストや電話交換手です。今風に言えばデータの入力作業やエクセルやパワーポイントの製作などです。

 3つ目は「play」。例えばイチロー選手にとっての野球。イチロー選手は試合前の準備に見た人は神の姿を見るそうです。イチロー選手は、まるで身体の細胞一つひとつと対話でもしているかのような入念なストレッチします。その様子は、アスリートが準備で行うストレッチというよりも、まるで茶道の作法のように美しい“型”のような、精神性の高い“儀式”のようにも映るそうです。

 その積み重ねが偉大なる結果を生み、ファンの心を打ちます。

 2020年2月11日に惜しまれつつ亡くなった野村克也監督。若かりし頃、野村監督は、練習をしなければ一流になれないと思い、毎日の2時間の素振りを欠かさなかったという。当時、先輩たちから「バットを振って一流になるなら誰でもなれるよ。この世界は才能と素質だ。着替えて一緒に飲みに行こう」と、毎晩のように誘われたそうです。しかし、年俸が安くお金がなくて服を持っていないことも幸いし、飲みに行くのを断わって素振りに励んだそうです。
 そのうちに素振りの音で、いいスィングか悪いスイングかわかるようになったといいます。「ブーン」というのはダメで、「ブッ」という短い音がよいとのこと。「ブッ」という音が出たとき、インパクトの瞬間、ボールに100%のスィングの力が伝わり、ボールはフェンスを越えるのです。
 
 「ブッ」というスィング時の音は、神様の相槌だったのです。素振りをすると神様に会え、いいスィングをすると神様が讃えてくれていたのです。

 野村監督が若いころ欠かさなかった練習後2時間の素振りは残業になるのでしょうか。「働く」ことが、「laber」や「work」と解釈するなら残業に該当するかもしれませんが、「play」と考える人にとって、研鑽に励むとは神様と一緒にいる時間なのです。

 野村監督は身長175cm、体重85kg。プロ野球選手としては決して恵まれた体格ではありません。それでも生涯本塁打数は657本と歴代2位を誇ります。1954年南海にテスト生として入団。さして期待された選手ではなかったそうです。「一流のプロ野球選手になっておふくろを楽させたい」と思う気持ちで毎日2時間の素振りを続けたところ、「ブッ」という音が聞こえるようになりました。1年目の秋季キャンプでそれまで飛ばなかったボールが軽くオーバーフェンスするようになったのです。神様は見ていたのです。

 「商い」は「laber」でもなく「work」でもなく、「play」ではないかと思います。演劇で例えると、商品という名の女優にスポットライトを浴びせ輝かせるから我々は「演出家」です。その商品を舞台にあげるか、どのような役作りをするか我々は「プロデューサー」でもあります。そして売場に立って、お客を「泣かす・笑わす・びっくりさせる」、我々は「演者」でもあるのです。

 お客の声をヒントに調理方法、売り方を研究する、実演販売のための口上を練習する、盛り付けやネーミングで売れ方が変わることを学ぶ、対面売場でお客の要望に応じて素早くキレイに商品をさばけるよう練習する・・・。これらは「スキル」だけでなく「センス」を磨きます。「センス」が高まれば、「仕事」が「play」になり、お客の賞讃というお金では買えない報酬を得ることができるのです。

 我々にとって商いはお客の心に灯をともす技、「play」以外の何物でもないのです。

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