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読書#12「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」著:オードリー・タン

どんな本?

この世界は完璧ではありません。欠陥や問題点をみつけ、それに対して真摯に取り組むことこそが、今私たちがここに存在している理由なのです

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

 オードリー・タンが誰なのかというのを説明する必要があるのか、ないのか、私にはわかりかねる。少なくとも私は名前だけは聞いたことがあった。台湾のIT大臣。コロナ下において、マスクの配布管理システムを作成した人だ。

 一時期、話題になった人。ただマスコミというものは何でもかんでもおもしろそうならば話題にするもの。あまり信用していない。そんな彼が、デジタルとAIの未来について、いったい何を語るのだろうかといささか不安だったのだけれども、読んでみてその不安はすぐに消えた。

 あまりに聡明。

 そもそもバックボーンを見れば、ただものでないことは明らかだった。シリコンバレーで起業し、アップル社でSiriなどのAI開発に携わった、ほんもののエンジニアだ。

 しかも、まだ40代。引退したよぼよぼのじいさんならいざ知らず、現役まっただなかの人が、国家の中枢にいるなんて、台湾はなんといい国なのだろう。

 いや、国家の中枢という大事な場所によぼよぼのじいさんばあさんしかいないことが常態化している日本の方が、異常な気もするけど。(※こういう言い方は高齢者差別なのでよくない。反省。能力で選ばれたのならば年齢は関係ないと本の中でも述べられている。ただ日本の現状がそうなっているかというと……、いや、何も言うまい)

 それはいいとして、この本では、エンジニアとして、国家運営者として、それぞれの立場を経験したオードリー氏が、AIおよびデジタルの使用方法、そして国と人の関係について語っている。

 新鮮な価値観が頭の中に流れ込んでくる。まだ読んでいない方はぜひ読んでみることをお勧めする。

気づき

失敗したら修正する

ところが、いざスタートしてみると、この方法でマスクを購入した人は全体の四割しかいないことがわかりました。

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

 上記の引用は、マスクの個人の取得有無を管理するために、キャッシュレス決済システムを展開した際の文脈で出てきたものだ。すぐさま、そんなシステムを展開する迅速さもすごいのだけど、よりすごいのは、システムの欠陥をいちはやくデータから捉え、修正したことだ。

 キャッシュレス決済は取得有無を管理するのには適していたが、高齢者にはユーザビリティの観点で不評だった。そのことを、マスクの所有率からすぐさま把握し、キャッシュレス以外でも支払い可能にした。

 インクルージョン。

 この本のキーワードの一つだ。多様性を重んじて、異なる意見を排除しないという考え。

 ふとすると、効率化の観点で、「高齢者であっても勉強してキャッシュレス決済を使え」と言いたくなる。しかし、著者は、そうは言わない。これは、政策の綻びだと素直に認め、対応策を考える。

 私がすごいと思ったのは、その対応力もそうだけど、ちゃんと数字を観測しているという点だ。

 なんとなく、ではなく、しっかり根拠をもって対応し、目標を達成できなかったのならば、根性論で乗り越えるのではなく、初めの前提が間違っていたと素直に認め、柔軟に対応する。

 当たり前にきこえるかもしれないが、なかなかできないことだと思う。

デジタル技術を使いこなす

デジタル技術を使うことで、民間で使われる水の量の変化を知ることができます。

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

 著者の政策で、私がいいと感じるのは、目標をちゃんと観測する方法を用意しているところだ。上記の引用は、手洗いを促す政策を行ったときに、それにどのくらい効果があったかを、使われた水の量で判断するというもの。

 日本でやろうとしたら、アナログなアンケート調査でもやるのだろうか。そこを定量的に計測して、効果を示す。これが、デジタル技術を使いこなすということなのだろう。

 私は、政治に詳しいわけではないけれど、とある政策を行って、それが失敗していました、という発表を聞いたことがない。日本政府は、一度も失敗したことがないのだろうか。そんなはずもない。

 おそらく失敗したかどうかもわからないのだと思う。目標が具体的でなく、かつ、達成したかどうかの指標を観測する術をもたない。仮にあったとしても、それを認めない。

 これでは、改善するわけがない。

 オードリー氏でも失敗する。大事なのは、失敗したことに気づき、修正できるかどうかだ。

 デジタル技術によって、成功失敗の判定はしやすくなった。変わるなら今しかない。

AIに勝てなくてもいいじゃない

もし人と比べることで達成感を求めていたら、ある日、機会のほうがあなたの十倍素晴らしくなっているかもしれません。するとあなたは不快になるでしょう。

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

 走るのが速いといっても、車に負けて悔しがったりしないだろう。同じように、頭がいいからといって、AIに負けたからといって悔しがらなくてもよいのではないか。

 著者は、AIはあくまでアシスタントツールであって、人間がそれをいかに使うかでAIの価値は決まるという考えをとっている。

 AI開発に携わってきたオードリー氏だからこそ、現状の能力と、今後の発展速度がある程度見えているのだろう。

 今のところ、AIには芸術や音楽といったクリエイティブなことはできないと言われているが、著者はその点には懐疑的だ。

 むしろ、そんなことはどうでもよく、もしもクリエイティブな分野でもAIが活躍できるのならば、人間はそのAIを使って何ができるかを考えるべきだという。そうやって、正しく使うことができれば、さらに大きな価値を生むことができる。

 車を使って、人がさらに遠くに行けるようになったように。

民主主義をアップデートせよ

民主主義には定型化された運用方法は存在せず、一つのテクノロジーにすぎない

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

 民主主義とは、国民に主権があるという考え方で、その達成方法は、何も選挙で議員を選ぶという手法だけではない。

 日本でも、アメリカであってもそうだが、民主主義の根幹をなす投票システムに欠陥が見受けられた。

 だというのに、私達は何一つ変えようとはしない。やったとしても、票数に対応して議席数を調整するくらいだ。

 投票、多数決、議員内閣制、などなど、これらは民主主義を達成するためのツールであって、時代にそぐわなくなったらアップデートしなくてはならない。

 デジタル技術によって、できることは多くなった。それらの前提となる技術を使って、もっとよい民主主義の形を考えてみるべきではないか。

 投票に関していえば、新しい方法を選択するのに抵抗があるかもしれない。変化するということはよくなる場合もあればわるくなる場合もあるからだ。しかし、変化を恐れてはいけない。変わり続けることだけが、唯一変わらないことだ。

 ということで、毎度毎度、議員選抜方法を変えるというのはどうだろう。4年に一度、今は地域ごとの選挙区だけど、ときには選挙区無しでの一斉投票、ときにはくじ引き、ときにはクイズ大会でもいいかもしれない。

 いろいろ試して、失敗して、失敗を認めて、そうすることによって、私達は少しだけよい形をみつけることができる。

 それを怠ってはならないことを、この本は教えてくれる。

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