翻訳を比べてみる
前回「高慢と偏見」の翻訳を比較してみたところ、いろいろと発見があったので今回は少し前に読んだドリアン・グレイの肖像の翻訳を比べてみようと思う。
「ドリアン・グレイの肖像」は手に入り易い翻訳本として新潮文庫、岩波文庫、光文社古典新訳文庫の3つになりそう。
ちなみに自分が読んだのは光文社古典新訳文庫の仁木めぐみさんの訳で、今回、翻訳を比較する前に読んだけど、ストレスなく楽しんで読めたのでオススメしたい。
本作品は面白かったので原著は洋書のぺーパーバック版も手に入れたのだが、KindleのAmazon Classics Editionなら無料で読める。テクノロジー万歳。
書き出し
まずはチャプター1の書き出し文。
ドリアン・グレイの肖像画を書くバジルのスタジオ(アトリエ)の描写から。
自分だったらどう訳すか。興味ない人もいるだろうけど、これを行うことで原文に向き合った時の翻訳者の気持ちを追体験できる気がするので、一応書かせてもらう。(批評は受け付けない)
なんとなく原文のrich odourには皮肉めいた響きを感じるので『香り』よりは『匂い』、そして庭からも花の香りが漂って来るにも関わらず、薔薇の強烈な匂い(過剰さ)を室内に求めているところに貴族階級特有の下品さを表しているような気がして、そんなニュアンスが感じ取れるといい気はした。(素人の感想)
会話文のやりとり
次に序盤の会話部分の翻訳を比べてみる。画家であるバジルと彼の作品を称賛するヘンリー卿との会話。
で自分ならどう訳すか。
翻訳者について
前回、翻訳を比べていたら、自分にとって何世代か前の人の翻訳は読みづらい印象を抱いた。言葉は生き物であり、時代によって変化することを考えたら、ある程度世代は近いほうが読み易いのは当然なのかなと。
というわけで翻訳者の生年月日をわかる範囲で載せておきます。
福田 恆存 (ふくだ つねあり)
1912年8月25日-1994年11月20日
富士川 義之(ふじかわ よしゆき)
1938年9月13日-
仁木 めぐみ(にき めぐみ)
不明。
新しい翻訳作品もあり、現役の人っぽい。
さいごに
翻訳は、大きく意味が間違ってなかったり世界観を壊してなければ、相性による部分も大きいのかと思ったりします。
僕は仁木めぐみさんの訳で楽しみましたが、自分にあった翻訳で読めればいいのかなと。気に入った作品なので原著も少しずつ読んでいこうと思います。
それでは良い読書生活を。