見出し画像

大学軽音団体と神戸VARIT.のお話

こんにちは。神戸VARIT. 藤岡です。
前回のnote更新から数える事、一年の月日が経過しようとしておりまして
春がきて暖かくなってきたからと、ノソノソ動きはじめる冬眠から目覚めたけもののようなこころ持ちでの登場です。
皆さまお変わりありませんでしょうか?

コロナ←new から早くも二年が経ち、いよいよ三年目に突入〜〜〜☆ となりますね。
石の上にも三年、桃栗三年、ということばがあるようにそろそろ何か好機の実りがあると願ってやまない日々であります。

というわけで、なかなかこの支配からの卒業!というわけにはいきませんが
おかげさまで神戸VARIT.恒例である、大学軽音団体の皆さまによる卒業ライブシーズンを今期もお見送りする事ができました。
今年は何がなんでも決行します!という声もあがったりと、学生の皆さまからイベント開催に対し前向きなことばを聞く事が増え、こころよりうれしく思っております。


かれこれ、わたしが神戸VARIT.で大学軽音団体の皆さまのホールレンタルを担当させていただいてから七年ほどになります。
当初、神戸VARIT.で働きはじめたころは元神大ROCKの部長であり、現VARIT.社長の南出が大学軽音のイベント担当でした。
高卒のじぶんにとっては大学は未開の地であり、軽音部というものにも人生上、接点があったわけではなく、、、。
唯一の接点とすれば、神戸に住むきっかけとなった藤岡弟が兵庫医療大学の軽音部に所属していた事もあって
南出から担当をゆずり受けさせていただいたという記憶があります。


大学軽音団体の話から少し逸れ、マイブラザーの話となりますが
わたしがいま神戸VARIT.の仕事に就くはじめの一歩には、三個下の弟の存在があります。
忘れもしない2011年3月11日。テレビのニュースに映る震災による津波の映像を消して、我々兄弟は生まれた家を去り、神戸での生活をはじめました。
当時、根無し草だったわたしは、弟の進学先での住処に居候させてもらうようなかたちで人生を運ぶという
いま思えば、弟からすれば大迷惑だと思われる行為を受け入れてもらい、十分に神戸に根を張る時間を与えてもらいました。

弟はじぶんにとって、最も身近な音楽を布教できる友だちであり、中学生になったころからギターを弾くようになっていたので、一番身近なプレイヤーでした。
プロを目指してほしいというよりも、同じ家庭環境で育ち、お互いに歳を重ねていくなかで
弟にも音楽を通して人生を豊かにしてほしいという想いを、勝手ながら抱いておりました。
そうして藤岡(姉)がスタッフとして働いている神戸VARIT.に、軽音部員として藤岡(弟)が先輩方と組んだバンドで出演する姿を観たり、軽音で出合った仲間たちとオリジナルバンドを組んで神戸VARIT.で企画を行なうまでになったりという事もありまして
弟のそういった姿に、ライブハウスのスタッフとして立ち合わせてもらった経験のなかで、自分自身の神戸VARIT.での役目を見つけさせてもらったように思います。

マイブラザーバンド


ですのでめちゃくちゃシンプルに説明すると、軽音団体の学生たちや、はじめましてで出合う地元アーティストの子たちには
いつか弟に抱いた気持ちとおなじく、音楽を通して人生を豊かにしてほしいという想いを抱いています。
そして、このシーズンの卒業ライブでは特に、音楽がそもそも本来のかたちで、社会に出る前の若者にも親しまれ、手に取られている事を感じ
それらを観て藤岡は音楽を仕事にするうえでのこころの健康状態を保てているといっても過言ではないのでした。


時が経つにつれて、大学生との年齢も離れてゆき、いまでは保護者のような立ち位置ではありますが
大学軽音の子たちの輪のなかに加えてもらって、ともにジョイントライブをBIGCATで企画した事もありました。
(イベントの終わりには大阪から神戸に戻り、みんなでVARIT.で朝まで打ち上げしましたね。)
大学を卒業してからもオリジナルバンドを組んで、神戸VARIT.をホームに選び活動をつづけてくれた子たち。社会人になってバンドを組む機会はなくなったけれど、たまに近況報告をくれる子。
コピバンなので彼ら彼女たちの当時の演奏に再び会う事のできる音源などは残っていないのですが
この七年ほどのあいだで出合った軽音の子たちのバンドは、紛れもなく、わたしの人生を変えてくれたバンドと云えます。


もちろん家賃だったり、運営に必要な経費がある以上、ライブハウスもお仕事ではあり
決して安くないホール代をかき集め、神戸VARIT.で憧れのアーティストと同じステージに立ちたい!
新入生のときにみた先輩のライブのようにかっこよく神戸VARIT.のステージで演奏したい!
卒業ライブは神戸VARIT.でむかえたい!という学生たちに対して
このコロナ禍での公演の中止では、一体どういった感情でキャンセル代の話をすればいいのか戸惑う事もありましたが
学生たちはしっかり答えを持っていて、次こそは神戸VARIT.でライブさせてください、と伝えてくれるのでした。


今年の卒業ライブでは、ライブハウスで演奏できる事に感謝を込めて、と演奏をはじめる学生や
自分が会長の代でこの団体を絶やしてしまうのではないかと思ったと、涙ぐみながらのMCを聞いて
軽音団体の子たちがこの二年で抱えてきた想いをあらためて痛感しました。

時をもどす事はできませんが、学生たちの願望で神戸VARIT.が叶えられる事ならば、それを一緒に実現させたいと思います。


このコロナ禍で弊社社長の南出は逆境に負けじと、音楽を自由に楽しめるキャンプ場を京丹後につくる!という新事業をはじめております。

【やるならとことん!】ライブハウスが音楽を自由に楽しめるキャンプ場をつくります!


こちらのクラウドファンディングのページに目を通していただくと、藤岡の文章力の何億倍もの効果で南出の想いなども伝わると思うのですが
まずは神戸VARIT.にとってもかけがえのない存在である大学軽音団体の皆さまとの公演を皮切りに、施設をオープンさせたいという想いがあり
プレオープンに向けて学生さんたちと準備に取り掛かっているところであります。

先ほど申し上げましたクラウドファンディングですが、皆さまのご支援あって5/29(日)に行なう
神戸VARIT.にゆかりある軽音部6団体による合同フェスの交通費もほんとうに有り難い事に集まりましたので
京丹後の施設がどのようなものなのか、学生とともにお伝えできればなと思っております。おたのしみに〜!



では、春分まであと少し。着実に歩みを進めてまいりましょう!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?