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でんきけしとくわ①

ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・。

車輪がレールに乗り上げる音だけが響く。車窓からの景色は緑しか見えない。田んぼなのかただの雑草なのかわからないが、ここが田舎だということだけはわかった。座席は一つの隙間もなく埋まっている。お年寄りが多いがたまに若い人も座っており、通路を歩く私の左右は全て埋まっていた。私の他に誰も立っていない。席に座ろうと通路をどんどん歩いていく。だがどんなに進んでも空きがない。そして違和感に気づく。誰一人として喋っている人がいないのだ。なぜか全員にこやかな笑みを浮かべ、こちらを見ている。今どきスマホかまぶたの裏に目を落とす人が大半のはずの車中で、誰一人そんなものに目もくれていない。皆こっちを見つめている。私はそれに気づくと少し早歩きになる。先へ先へと急ぐ。そしてようやく空席を見つけたところで目が覚めた。

「おねぇちゃん、またあの夢見たー」

「えー、ゆみもー?私もあの夢見たわー」

電車の中を延々歩いていく夢。それは私たち姉妹の共通の話題となるくらい頻繁に見る夢だった。いつも歩いて行った先、一番端の車両までつくと急に席は空いていて、そしてそこで目が覚める。知らない人たちにじろじろ見られるというちょっとホラーじみた夢なのだが、なぜか見ないとすわりが悪いというか気が落ち着かなくなる不思議な夢だった。そして私がその夢を見ると往々にして姉も同じ夢を見ていた。


物心づいた頃からその夢を見るようになって10年。いや、もっと。頻度は減ったものの未だにその夢を見る。小さい頃はその度に姉に報告していたが、今は別々に暮らしているしわざわざ連絡することもない。お互い上京し一人暮らしの身分だ。まぶたの裏側にある夢の話より目の前にある夢の話の方が盛り上がる。そんな日々。その中で久しぶりにあの夢を見た。

いつものように私は電車の通路を歩いていた。空きの無い座席を横目にずんずん歩いていく。この夢は決まって列車のはじにつくと覚める。飽きるくらい見たこの夢から早く覚めようと、私は半ば走るようにして座席の老人たちをやりすごした。やっと列車のはじが見えてきた。空いた席が見えれば目が覚める。足になお力が入った。だが、腿を持ち上げようとすると筋肉の緊張が急に解けた。いつもと違うことが起きたからだ。空き始めた最後尾の車両で見知った顔がこちらを見ている。姉だった。

「お姉ちゃん!?」

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プルルルルルル。プルルルルルル。

着信音で現実に引き戻される。急に起こされて寝覚めが悪い。もっと前から鳴っていて、そのせいであんな夢を見たのだろうか?まだ5時だしモーニングコールにしても早い。あくびをしながら伸びをした手で携帯をとった。途端に母の声が聞こえる。

「どうしよう、あみちゃんが死んじゃった・・・」

「な、何言ってるの、お母さん?こんな時間にやめてよね」

そう冷静を装いつつ返すも後に続くのは母親の嗚咽だけ。私の頭の中ではその言葉の意味するところがすぐに結びついていた。わかってしまっていた。ただ、それはあの夢が虫の知らせだと考えたからではなかった。あの夢の意味が今になって急にわかったのだ。

急いで姉のところへ向かう道中もずっとそのことを考えていた。久しぶりに帰った実家の仏壇を見て、私の予想が正しかったことを思い知った。

散々見てきたあの長い長い電車の夢。あれに乗っている乗客はすべて私の先祖だ。すべて血のつながった「ひい」の何個付くかわからないおじいちゃんやおばあちゃんだったのだ。仏壇に飾られていた、ひいひいおじいさんの写真を見た時の既視感がそれを確信させた。この顔を最後尾の列車で見た記憶がある。皆がにこやかにこちらを見ていたのは孫や姪っ子感覚だったのだろう。昔の人たちだから当然スマホなど持っていない。だから私たちを微笑ましく眺めるだけだったのだ。

私が生まれるまで血を絶やさずに連綿と続いてきたこの家系。その後ろにいる大勢の人が私たちを見守っている。そして、その一人に姉が仲間入りしてしまった。悲しみに暮れながらも、私は夢の中で姉に会えると信じていた。この夢の正体について姉と話したいと思いながら、実家のベッドに潜り込むと期待通りにあの電車の夢を見た。

(つづく)


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