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大阪を「知る」旅⑦―フィナーレは「哲学カフェ」―

大阪4日目。この日のメインは哲学カフェである。

普段はオンラインで開催されている哲学カフェの対面版であり、都合付けられるタイミングであったので、参加を決めた。そして、その前後期間の都合をつけたのが、今回の大阪旅なのである。

哲学カフェの会場に着く。普段は「青空哲学カフェ」と題し、公園の広場で行っているらしいが、今回は初の雨天らしい。本来なら中止なのだろうが、関東から私が参加するということもあり、主催の方が気を利かせてくださり、レンタルスペースを利用しての開催となった。

オンラインでしか顔を合わせたことのない方たち、そして人によっては声だけしか知らない方もいる。どういう風に挨拶したらよいのだろう?「はじめまして」で良いのかな?と言う風に考えながら会場入りする。結局、「こんにちは」「よろしくお願いします」…。事前にあれこれ考えていても、その場で実行するのは案外難しい。

各自買ってきたお弁当を食べながらトーク、また、参加者が持ち寄ったゲームでわちゃわちゃしているうちに参加者が一通りそろう。本番開始だ。

今回のテーマは「秘密」。自分はどういうことを秘密にするか。また、「秘密」と「非公開」はどのように違うのだろうか。そして、なぜ秘密にする必要があるのか?いろいろと考えられる。当日の内容を軽くまとめよう。

①<秘密>とはどういうものか?

まずは、「皆さんは秘密を持っていますか?」という問いから始まった。

全員が回答したわけではないが、おそらく大概の方は秘密をお持ちの様子であった。そして、私も人のことは言えない。しかし、ある参加者の発言には面白いものがあった。

「秘密」にすることと、情報公開する範囲を相手によって変えることはどう違う?

これに対し、ある参加者は「聞かれても答えないものが“秘密”にあたる」という趣旨の考えを示された。しかし、相手から聞かれる以前から存在する秘密もあるように思う。具体的な例は思い浮かばないものの、「自分が秘密にしておきたい」と考える非公開情報が“秘密”に該当するようにも思われるのだ。秘密の具体例を洗い出していったときに、そのように感じたので、次にそれを整理しよう。

②<秘密>の具体例、<秘密>にしておく情報の特徴

具体例としてはざっと以下のようなものが挙がった。
・「○○さんが好き」という秘密(恋愛感情)
・人に言えない趣味
・松茸が取れるスポット
・実は美容整形したことがある
・犯罪歴

また、「おなかに大きなほくろがある」は秘密という感がないが、「背中に大きなタトゥーがある」は秘密という感がある、という話も挙がった。

これらから思うのが、「秘密」はそれが明らかになったとき、秘密を有する本人にとって明らかにデメリットとなるものが見えている、だからこそ「非公開」ではなく「秘密」にせざるを得ないのではないだろうか、ということである。秘密が明らかになる前後で、人間関係が大きく変化したり(悪くなる、ぎくしゃくするリスク)、自分が独占できていた利益を独占できなくなったりするなどのデメリットがあるように考えられるのだ。

これは個人レベルだけでなく、企業や国家レベルでも該当する。例えば、企業の場合、営業秘密が漏れれば、競争上の優位を失いかねない。同様に国の場合も、ある国との密約の存在がばれれば、密約によって得られた利益を失うだけでなく、第三国との関係が悪化しかねない。

それらはレイヤーこそ異なれど、すべて「主観的なデメリット」である。とはいえ、秘密を受け取った側の人・団体にとっては、必ずしも利益になるわけではない。その意味で、主観的に公開を躊躇う、または公開することによって明確なデメリットがあることを知覚している情報が「秘密」なのではないだろうか、と見えてくるのだ。

③共通の<秘密>を持つ関係

ただ、ここで「秘密」を援用した発言がなされたのだ。

「これはここだけの秘密」と言って、<秘密>を公開する人がいる

これまでのストーリー展開において、秘密は「非公開」が前提であった。しかし、この発言は「公開」される秘密の存在を示している。そして、確かにそういう発言をされた経験もあるし、多分過去には自分もしたことがあるだろう。記憶にはないが。

その発言をされた方はこういう話もされた。秘密を共有することで親密度・共感度を上げたいのではないだろうか、と。

しかし、こういうケースもある。共犯関係における秘密の共有である。この場合は、むしろ互いに不信を基調とした相互監視、と言う方が適切に見える。要は相手の告白により、自らの犯罪歴がバレるのを防止したい、という感覚に近いのではないか、ということだ。

さて、ここで共通項を探してみよう。

積極的に共有しようとしたかどうか、ここは前者(親密度・共感度を上げたい)・後者(犯罪歴の共有)で明らかに異なる。前者は「ここだけの秘密」とすることで、積極的に秘密を共有しようとしている。対して、後者は共犯関係になってしまった都合上、結果的に互いの犯罪歴という秘密を共有せざるを得なくなったものである。であれば、これは共通項になり得ない。

この共通項探しにおいて、「何らかの形で”人間関係の継続”している」という話が挙がった。

前者は友人・恋人・家族などといった関係の継続を前提としているように見える。もっとも、私は旅先のお店で店主の方ともう一人のお客さんとの間で、軽い「秘密」を共有したこともあるので、それが全てではない。といっても、デザートを振舞ってもらったくらいだけども。そして、後者は相互監視する以上、「人間関係を切りたくても切れない関係」と言える。

ただし、必ずしもこれだけでは説明できなさそうでもある。例えば、「ここだけの秘密」と言う場合も、話し手と受け手の認識は異なる。受け手にとっては、共有したくない場合も大いにあるからだ。参加者の中にも迷惑なだけなことがある旨の発言をされる方もいた。また、ビジネスにおける秘密の共有は、必ずしもこれらに該当するかは定かではない。むしろ「契約上そうしている」側面が強いのも確かだ。

「ここだけの秘密」と言うケースでは、積極的に人間関係を構築・深化させようという意識が発話者にある。また、共犯関係のように特殊な形で人間関係を継続させなければならない場合がある。それらが個人レベルで見た時の秘密の共有という行為には含まれそうである。しかし、ひとまずそれ以外のケースも十二分に考えられる。そういう意味ではある程度は先の内容で説明できそう、そういうイメージとなるだろう。

そうこうしているうちに予定の2時間が経過した。ただ、まだ疑問が残っている。

④「秘密にされる」という感覚を抱くこともある

これは当日最後にそういう話題を私が放り込むまでで終わった。自分なりに考えたことを整理しよう。

まず、状況整理から。

自分で秘密にしている感覚はなくても、相手から見た時に秘密にしていたと捉えられることがある。当然、その逆もある。この感覚はどこから来るのだろう?ということだ。

哲学カフェ後に考えたのは、先に取り上げた「秘密がバレる=デメリットがある」感覚で捉えるのに近いのではないかということだ。「非公開にされていた(自分にとって)都合の悪い情報・現象を知ってしまった」というのは明確にデメリットとなる。また、その相手に対して不信感を抱く結果にすらなる。

この手のものは、ビジネスの世界では「悪い情報は早く伝える」という形で、ある種のビジネスマナーのように言われているが、ことは案外そう簡単ではない。何せ感情が絡む問題も大いにあるからだ。感情を明け透けにしないことも、ある種のマナーとされてしまっている以上、「自分の感情を害する」類の情報(これも十分に"悪い情報"なのだが)を公開するハードルは非常に高いのだ。また、一般的な「悪い情報」も、そもそもそんなに共有しやすい類のものではない。十分にハードルは高い。

その手の情報が「非公開」にしている人でないところから、漏れ出てしまい、知るところとなる。だから「秘密にされた」と感じるように思う。また、その情報を先に把握していれば対処できるものも大いにあったことが分かるから、「先に言ってくれれば…」となるから、相手への不信にもつながる。現象として都合が悪いだけでなく、人間関係上の都合が悪くなる、2つの意味でのデメリットを感じるところに「秘密にされた」という感覚が見出されるのではないか。

もっとも、この手の問題は誰しもが抱えうる。オープンにし過ぎるのも問題がある場合がある。反対は先に述べたとおりだ。その間にあるちょうど良い塩梅を探るしかない。だが、その時には、まずは「公開」ありきで、ダメだった時に公開の仕方や表現の工夫、非公開にする、といった対策が必要となるのではないだろうか。何せここで書いた問題は「非公開」であることによって生じるものだからだ。

私にとっては初めての対面での哲学カフェであった。大阪への旅のフィナーレを飾るものであり、今までネット世界の住民でしかなかった方たちとの初めての対面の機会であった今回のイベントは、新たな気づきを得られると同時に、対面でやり取りすることの大切さを改めて感じさせられる機会となった。

主催者の方、また当日参加された方々には本当にお世話になった。次回もし参加できる機会があったら…、その時は長い間テーマ候補決めの「次点」となっている「釣り」でもやってみたい、神戸港かどこかで実践した後に、釣果の魚を捌きながら。

哲学カフェに参加する前に訪れた梅田スカイビルの展望台。
高層階に宙に浮くように造られたエスカレーターが印象的。
梅田スカイビルから見た淀川

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