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チームの垣根を超えた「友情」―ジロ・デ・イタリア第21ステージより―

5月の夜の多くはジロ・デ・イタリアの中継がラジオ代わりであった。今年のジロは大雨による影響もあれば、様々な理由で体調を崩す選手が続出するなど、円満に物事が進んだとは言えない。それでも、選手たちは今年も多くのドラマを生み出してくれた。

中でも、Geraint Thomas(ゲラント・トーマス)の物語はこのジロの主役としてだけではなく、1人の人として、非常に素晴らしいものであった。

Thomasの所属するIneos Grenadiersは怪我や体調不良によるリタイア者を複数名出していた。Thomasと並ぶエース格の選手もリタイアした。それでも、Thomasはメンバーのサポートを受けながら、安定感ある走りを披露した。第19ステージ終了時点では2位のPrimoz Roglic(プリモシュ・ログリッチ)に26秒差をつけ、総合首位。第20ステージの個人タイムトライアルで逆転を許さなければジロ・デ・イタリア史上最年長の総合優勝者となっていた。

しかし、当日はRoglicが強すぎた。ステージ優勝を果たしたRoglicに40秒の差をつけられ、ステージ2位。Thomas自身、素晴らしい走りではあったものの、総合首位の座を明け渡す結果となった。21ステージを戦って総合2位という結果自体が非常に素晴らしい成績である。しかし、それまでの努力・苦労、そして第19ステージ終了時点で総合首位に立っていたことを考えると、悔やむに悔やみきれない結果だっただろう。実際、チーム・本人のTwitterにもそのような心境が見て取れた。

第21ステージはローマでの「興行」。総合優勝争いはなく、パレード走行が中心である。最後にはスプリンター陣によるステージ優勝争いがあるだけの日である。総合2位であり、スプリンター不在のIneosは特に目立つ必要のない日のハズであった。

しかし、当日のレース終盤、総合2位のThomasは集団の先頭を牽引していた。もちろん、総合順位を上げることが目的ではない。チームには優勝争いに絡めるスプリンターがいないので、本来不要なことである。一見、謎の行動に見えるものだ。

この牽引はチームメイトのためではなかった。後ろにはMark Cavendish(マーク・カヴェンディッシュ)がいた。同世代であり、同じイギリス国籍であり、しかもかつてチームメイトとしてプレーしたこともある旧知の仲である。

そのCavendishはジロの最終週を前に、今年限りでの現役引退を表明した。第21ステージはCavendishにとって、ジロ・デ・イタリアを走る人生最後の日であったのだ。第21ステージはスプリンターとして数多くの勝利を重ねてきたCavendishにとって有終の美を飾れる可能性のある日であり、それを実現するべくアシストしていたのだ。

Thomasにとって他チーム所属の選手なのだから、本来ならサポートする必要はない。それでも、チームの垣根を越えて、有終の美を飾ってもらうべく、最後の力を振り絞る。前日、自身にとって心を砕かれる位のダメージを追う出来事があったにも関わらず。

単にライバルに勝つことだけが、重要なのではない。どのような状況でも、その状況に即した最善の判断、行動をしようとすることが大切なのだ。それをまさに示してくれたのが、Thomasの行動であった。そして、Cavendishもそれに見事に応えてみせた。言葉では言い表しようのないくらい、素晴らしいシーンを見せてくれた。

時に最高のアシストとして、時に最強のエースとして活躍してきたGeraint Thomas。ジロ・デ・イタリア第21ステージは、常にチームのため、友人のために全力を尽くすという、彼の矜持・信念が凝縮されたものに見えた。

だからこそ、また見てみたいものだ。2018年のツールのように、総合表彰台の頂点に立つ姿を。

そして、Cavendishもツール・ド・フランスに出ることがあれば、ステージ勝利数の最多記録更新という期待がある。出場することがあれば、それも期待したい。

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