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読書ログ8―教科書に残らない戦争体験記を読む(宮脇俊三、古今亭志ん生)ー

最近読んでいる著者が生きた時代が近いからか、太平洋戦争の時の体験談を読むことが多い。

宮脇俊三は学生時代に経験した。自宅周辺が焼夷弾で焼かれてしまったり、空襲で焼け出された以前宮脇宅で働いていた女中の話だったり、戦前戦中で宮脇家を取り巻く状況の変化(政界を追われ、生活状況が急速に悪化していく様)だったりを体験している。古今亭志ん生は落語家として満州へ赴き、そこで終戦を迎えたために、日本に帰国できるまでに2年以上要してしまった。

しかし、彼らはまるで「三つ子の魂百まで」だ。本にまとめる上でテーマを絞っているという前提もあるが、宮脇のエッセイを読む限り、思考のベースから鉄道は消えていない。東京大空襲の被害規模を考えるときに、鉄道が復旧するまでの期間が判断基準の1つとなっていたようだ。とはいえ、原爆後の広島市電の復旧を見ても感じるが、当時の鉄道は復旧が非常に速い。いかに重要なインフラであったかが良くわかる。

また、宮脇は戦中も「鉄道オタク」っぷりを全開に発揮している。旅行もしている。また、1945年8月に父とともに、当時の疎開先であった新潟県村上から山形へ言っているのだ。宮脇の父は大石田にある炭鉱の視察が目的なので、旅行ではなく仕事だ。だが、宮脇は「炭鉱調査の助手」とはいうものの、その実態は未乗路線・区間を乗るためだ。このときのことを宮脇は以下のように回想している。

 父は山形県の大石田にある亜炭の炭鉱に行かねばならぬ用があり、その途次、回り道をして村上に立ち寄ったのであった。
 大石田に行くには、村上から羽越本線で海岸沿いに庄内平野の余目まで行き、陸羽西線で最上川沿いに心情へ抜け、奥羽本線に乗り継ぐのである。私にとっては未知の区間だから、たちまち行きたくなった。父は艦載機が毎日のように来ているから駄目だと言った。大事な用がある自分は弾丸(ルビ:たま)に当って死んでも名誉の戦死だが、お前は犬死にだ、と半分冗談のようなことも言った。
 けれども、けっきょく私は父についていくことになった。切符の入手は、炭鉱調査の助手という立派な名目があるので問題なかった。
 宮脇俊三『増補版 時刻表昭和史』(1997年)より

それもあり、宮脇は終戦を山形出迎えている。今泉駅前で玉音放送を聞いたらしい。その時も鉄道員たちは日々の業務を淡々とこなしていたそうだ。歴史の教科書やテレビでの記録映像だけを見ると、玉音放送の時は皆がラジオの前にいたような印象を受けてしまうが、実際はそうではない。否が応でも戦争モードではあったものの、確かにそこには人々の日々の営みがあったことが窺い知れる。

視点を変えて、古今亭志ん生へ。戦況が悪化する中で、満州へ落語の講演をしに行ったそうだ。だが、時期が悪かった。よりによって、ソ連の侵攻と鉢合わせしてしまったのだ。帰れたものの、帰国までに2年以上要したそうだ。だが、もうすぐソ連軍が街を襲うという中であっても、「どうせ死ぬなら皆で笑ってから死のう」ということもあり、落語会は通常通り行われたらしい。どんな状況下であっても、人は笑いや娯楽を求めるのだろう。志ん生本人は帰国できたものの、本当にその後ソ連の侵攻により亡くなった方も当然いるだろう。だが、その落語会そのものが、人々にとってまさにひと時の幸せであったのだろう。本来はその後も「楽しかったね」と言って無事に家に帰れるべきなのではあるが。

このほか、ドナルド・キーンは非戦闘員であったものの、従軍した。呉清源(戦前から戦後にかけて十番碁を中心に活躍した棋士)は戦争の最中で迫害を受けたり、中国に住む家族との交流が断たれたりした。呉清源の兄2人がそれぞれ国民党・共産党の立場に分かれてしまったこともあり、家族間の断絶が起こってしまった。また、「幸せなら手をたたこう」の作詞者木村利人、柳家小三治らが小学生の時に体験したプロパガンダまみれの教育や集団疎開…。その体験は歴史の教科書で出てこない、あるいは出てきたとしても、「集団疎開」や「東京大空襲」といった無機質な用語の一部に埋もれてしまっている。だが、彼らの体験したこと、そしてその記述はとても生き生きとしている。歴史書には描かれないドラマがあるのだ。

歴史は確かに個人的に好きな部分もある。だが、教科書的な歴史には全く興味がない。面白いのはその時代を生きた人たちの経験を追体験することであり、その時の状況から私たちが何を学び取れるかだと思っている。具体的な出来事の評価よりも、私はその場、その時代に居合わせた人々の視点を借りながら歴史を見、自分なりにそこにある現象を繰り返さない(いい出来事なら、できる限り繰り返せる)ような方法はないか、模索してみたい。

以下、このブログを書くときに参考にした書籍を載せておく。
1)宮脇俊三『増補版 時刻表昭和史
※同『宮脇俊三鉄道紀行全集 第2巻』にも掲載されている

2)古今亭志ん生『びんぼう自慢

3)ドナルド・キーン『ドナルド・キーン自伝

4)桐山桂一『呉清源とその兄弟―呉家の百年―

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