見出し画像

実父介護のきっかけ3

父が寝たきりで生きることになったことをうけいれるまで


5時間の手術を終え、父は車椅子で戻ってきた。よく目は見えてないらしく、看護士に「家族がいるので大丈夫だったら、ピースしてください。」と言われ右手でピースを作ってくれた。

生死を彷徨うほどの時間を過ごし、家族全員の心配をよそに、車椅子の上で素知らぬ顔で、ピースをしてみせる父。

われわれは家に帰り、数日後、医師からの電話で、父の様子をきく。

鼻からの管で、薬、栄養、酸素をいれている。名前は答えることができるが、意思疎通はほとんどとれない。2度と歩けない。肺炎などを起こす可能性もあり、安心できる状況ではない。この病院を退院することができても、終末期の病院に入院することになる。(一生病院の生活になる)ご飯は口から入れることはできないので、胃ろうの手術をすることになるだろう。

「いつなにがおきてもおかしくない、と思っていて下さい。」

大波を越えたつもりになった私達に、次の大波が押し寄せてくる。ただ闇雲に溺れながら、ただただもがき続ける私達。

明日でも明後日もおかしくない、と言う医師。なのにコロナ禍では、面会もできない。生きていても、また会える見込みもみつからない。

私は起きている時は、気づくとどこでも黙ったまま泣いていた。家でも電車でもスーパーでも。寝てると、自分の大声をあげて泣く声で起きることもあった。

人前で泣くことに、なんとも思わなくなるほど、私の情緒は崩壊した。それは笑えるくらいだった。

どんな形でもいいから父にもう一度会いたい。
もし願いが叶うなら、このまま一生病院暮らしではなく、いつかは戻ってきて、家族に囲まれて暮らしてほしいと思った。家で介護をしたかった。

父は、もともとよく笑う人だった、自分の欠点も仲良い人の欠点も、おどけた九州弁にして笑っていた。毒舌で明るくて活力にみちていた。

自然が大好きで、ご来光がみれる時間に毎朝散歩に行っていた。

今は星のふるごつきれかばい!!
(今は星が降ってくるみたいにきれいだよ)
最近は、ほしのきれかー!!!!!
(最近は星がとてもきれいだ)

とか、
きんもくしぇいの香りのぷーんとしてきよるばい!!
(金木犀の香りがしてくる季節になったよ)

秋の空気はきもちんよかばい!!
(秋の空気はきもちいいよ)

とか、はちきれそうな笑顔で伝えてくれた。いくつになっても、季節の移り変わりを楽しみ、自然の美しさに感動する感受性があった。

娘としては、父は何がそんなに楽しくて幸せなんだろうと、自分の現実の苦しさを嘆きたい気持ちにもなった。

日常のなんでもないことを、前向きに謳歌していた父の明るさと強さに、私たちは気付かずとも支えられ、誇りに思っていたのだと思う。

その父という存在を失うかもしれないことが、ただただ恐ろしかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?