コートのボタンは掛けない。
節分を過ぎると正月が遠退きつつあることに気づいたりし、徐に暖かくなり始めてもいます。
けれども外套(コート)は四月の上旬まではまだ終えない一品(アイテム)。
きょうはコートの作法のお話を。
私は子供の頃からコートはどちらかというと重いし面倒くさいと思うたちで、理想の服装はカーディガンに襟巻(マフラー)。それを頻繁にできるのは春と秋のほんとに短い間です。
しかしコートが重いと思うのは正しい着方ではないからと悟り、正しく着ると実は軽い。
その正しい着方とはボタンを掛けないことです。
ファッション誌や服の広告を見ると皆コートのボタンは掛けません。
それは逸り廃りでナウいからということではなくそれが作法なのです。
但しボタンを掛けては必ずしもならないのではなく、基本は掛けないものということです。
その前に先ず、スーツのボタンをお浚い。
スーツも広義には外套(コート)ですが脱がないことを前提とする(ベストを着る際を除く。)コートで、普通に言うコートは脱ぐことを前提とします。
コートのボタンを掛けない理由の一つは脱ぎ易い/脱がせ易い;着易い/着せ易いからです。
スーツのボタンは:
❶立つ;歩く時:下を閉じて頭だけを開ける。
❷礼(御辞儀)の時:全てを閉じる。
❸座る時:底だけを開けて上を閉じる。
❹長く語る時:全てを開ける。
❶〜❹でスーツの起承転結。
❶と❸、起と転については知る人も多いですが❷と❹、承と結については知らないか知っていても別にいいじゃないという人が多いようです。スーツのボタンを全部閉じたり全部閉めたりすることはないそれがマナーだと確信している人も少なくない。
言いにくいことですが全閉全開はあり得ない説が罷り通る一因はおなかの出ている人が日本人には多く、閉めても閉まらない、開けると露になるからでしょう。
おなかの出ている人はその体よりもっと大きなゆったりなスーツを着ればボタンも閉まるし迫力もあるし良いのですが日本人は何故かスーツも普段着も体の線に近い、いわゆるぴったりフィットを好む人が多いようです。
故に、これは間違い:
頭ボタンを閉じて下を開けるのは座る時と衣紋掛(ハンガー)に掛けて直しておく時のボタンの掛け方で、お二人は御馳走様でそのまま暖簾を出て来てしまったようです。
それでもオバマ大統領はスーツの崩れ具合(択れ具合)が然程でもありませんが安倍総理はかなりぐしゃっと来ており、スラックスのきつそうな感じも目立ちます。
尤も、政治家などの有名人は常に人前に出ている状態で映るので、普通に立っていたり歩いていたりという状況が見られることはなく、❶の状態が見られることもありません。❸が常に正しいという説、いわゆるアンダーボタンルールはその政治家などの有名人の人前での姿をなぞる形で一般に流布したデマでしょう。‘under button rule’と検索しても検索結果は0、即ちそんな語はないということからも日本が世界の単なる便宜を作法や規則と勘違いした疑いが強いです。そも’under’とは前置詞であり形容詞でも名詞でもないので’under button’と聞いて一発で存在しない言葉と判ります。前置詞として取るなら下のボタンではなくボタンの下なのでボタン糸のことになります。‘under wears’は下着のことで下穿のことではないことと同じです。
特に政治家は権力の座や大臣の椅子という言葉があるように、任務的に立ったり座ったりの繰り返しが多く、故に立って歩く時も座る時と同じにしておくという政界の独特の慣行が出来たのかもしれません。
❷についても政界においては守られない傾向ですが探してみたらちゃんといます:
シラク大統領は政界のベストスーティスト。
そのような礼の時にはスーツのボタンは全閉が作法。
しかしそれ以外の時は他の政治家等と同じく底ボタンを開けている時も多いです。
大平総理は日本のカーターというか、功績はなかったですが服装もしっかりとしていて品位のある政治家です。
そして知らない人が多いのが❹、長く語る時には全開。
日本の総理にはボタンを全開の総理は一人もいないというくらいにいません。
世界的にも絶対にそうしなくてはならない訳ではなく、そこでのバイデン大統領も始めはでしょうか、❸の頭閉の場面もあります。
岸田総理、気持ちはお寛ぎなようですがスーツの捻れ具合がえらいです。
因みに正式ではないものの、立つ時や歩く時も全開でも良いようで、特に下端の者はそれが寧ろ好感され易いのではないでしょうか。
小泉総理なんかはそうしていたかもしれないと探してみたら、寧ろこう来ていました:
日本の政治家はそれでかなり損をしているのではないかと考えられます。
服の着方による話題の選び方というものもあり、首脳会談などの大臣級の会談では基本的には金などの権利の話はしないものです。そういう話は外交官などの官僚がするもので、スーツのボタンは❸の頭閉で全開はしない。
しかし総理大臣や外務大臣が同じような格好で金の交渉などをして謎に思われてしまう場合が時折にあるのではないかと思われます。
さて、本題の外套(コート)の着方の話を。
まさに、コートのボタンははほぼ常に❹の全開が原則です。
スーツもコートの一種なことから元々はボタン全開またはボタンなしが原則だったと伝えられますがその上にコートを着ると全開が重なることになるので下は閉めても良いというになったのでしょう。
例外は強風の時です。
関東地方は強風が多いことからかコートのボタンを閉める頻度が多く、いつしかそれが正しい着方かのように広まってしまったようですが明治時代に西洋式の外套が伝来した時にもコートのボタンは閉めないものとされていたようです。
関東の強風に加え、軍服や学生服の詰襟上着が普及するにつれ、コートのボタンも閉めるものだという誤解が広まったのでしょう。
強風ではなければ、暖かさの面でもボタンは全開が最も暖まり易いです。
ボタンを閉じると内側に湿気が溜まり、その湿気が冷えると寒くなります。
服だけではなく部屋も扉を開けたり換気扇を回すなどして湿気を散らすと暖房が効き易くなります。
コートの内側に湿気が溜まりにくくなるには、下に着るものはセーターよりベスト、袖なしが良い。
厚手のセーターに小さ目のコートは最悪で、腕がきつくて動きにくいことが寒さを増します。ベストなら小さ目のコートにも腕がすんなりと通り、重量も軽いので動き易いです。
ボタン全開なら襟巻(マフラー)の収まりも良いです。ボタンを閉めるとマフラーが前に張り出す形になり嵩張ります。すると美人でも薄命そうな印象になってしまいますし、美人でなければ金に任すような印象になります。
コートのボタンは全開が原則ですが上着は上着でもファスナー式のものは半分以上閉めることが鉄則で、開けてはならないものです。
ブルゾンもボタン式なら全開が原則ですがファスナー式なら全閉が基本で半分以上は必ず閉める。ファスナーを採用する一品は全体が薄く小さくて前が開いているとばたつくものが多いことから全開は危険です。
ボタンの話と関わりが少しありますが別の作法の話として、コートは玄関先で脱ぐものかどうかについての考察を。
それは一理があります。
最も大きな理由は日本にはクロークやロビーのない店が多く、クロークでコートを脱がせてもらう;着せてもらうことやロビーで脱ぐ;着ることができないので玄関先で脱ぐ;着るしかない場合が多いことです。
クロークやロビーがないのは敷地の狭い所が多いからです。それは物理的制約なのでし方がありません。
上野精養軒は東京上野の広い敷地に広いロビーとクロークがあり、間を取り自分で脱ぎ預ける方式です。
西洋もビストロやトラットリアなどの中流店はそこそこの広さのクロークで自分で脱ぎ預ける方式が多いです。
私のお気に入りの日本のトラットリアは狭いのでコートは玄関先の歩道で脱ぐしかありません。
割烹やダイナーなどの大衆店はコートを脱がないことが原則で、それは日本とはかなり異なる点ですが今時は日本にも拉麵屋や牛丼屋などではコートを脱がずに食べる人はそこそこ多く、それが世界標準の大衆的作法です。但し日本の彼等がコートを脱がない、それが事実上広く認められている理由は脱がないことが正しいからというよりも脱ぐと長居をするかのようでお店や周りの客が眼中にないかのように見られそうだからというのが多いようです。
西洋の大衆店は寒くても暖房がないかあっても使わない店が多いからです。厨房の熱で幾らか暖かくなるので暖房代を掛けないのです。特に大きな竈門(オーブン)を備える店はそれだけで冬も結構な暖かさになります。
中流以上の店などの訪ね先では日本を含み洋の東西を問わずコートは脱いで上がるものという原則で、日本はそれを多くは外で自分ですることになっていることが異なる点です。その辺りの事情は日本に根強い自己責任主義とそれに基づく社会設計との関わりもあったりし微妙な点でもあります。
しかし玄関が広ければ敷居を跨いでから脱ぐことが理に適いますし、オフィスビルなどもそれなりの広さのある場所がどこかにあることが多いので、コートを脱ぐ必要はないという説は一概に誤りです。
スーツにせよコートにせよ、基いシャツにせよ、ボタンは本来は底(下)から上へ掛けるものです。
しかし、頭と目の高さと近いからか、上から下へ掛ける人が今は多いのではないでしょうか。
スーツの底ボタンは掛けないものだという誤解が広まっているのも上から下へという感覚が影響の一つと考えられます。
建築(ビルディング)が下から上へなのと同じく、ボディービルダーではありませんが、服も下から上へ着て閉じるものです。頭に近い方ではなく地面に近い方が先。
日本人は変と思う人の多い素裸に靴下だけという姿は日本人以外は普通と思う人が故に多いのです、多くはその前に先ず靴だけですが。
スラックスには内側にボタンのあるものが多いですがそれは仮留めボタンで、先ずスラックスを穿いてそのボタンを掛け、ファスナーを半分上げ、その状態でシャツを着てボタンを下から掛け、スラックスの内側に入れてファスナーと外側のボタンを閉じる:それが正しい着る順序。
シャツを先に着てその上をスラックスで覆うのではありません。
着る時ではなく直す時や終う時は上からが基本で、スーツやコートのボタンは頭だけを掛けて衣紋掛に吊るしますが長いこと吊るしたままにすると自重で癖が着き、型崩れが起こり易くなるので着ない季節にはなるべく吊るさずにきれいに延ばし整えて寝かせて置くことがお奨めです。寝かせて置く際にはボタンは全閉にします。
それにより若干の皺が出来ることがありますが出す時にアイロンかアルコール系のしわ取剤の噴射で延ばせば大丈夫です。
但しシャツをたたむ際にはボタンは着る時と同じく下から掛ける(全部ではなく頭・第三・底から二番目の三箇所。)のが整い易くてお奨めです。頭から下へ掛けてゆくと全体の形が末広がりに開き易く、それを真直に直そうとすると胴が歪むのできれいにたためにくくなります。
シャツもまた吊るしたまま長く置くとスーツやコートとは逆に自重の軽さにより全体が反り返ることによる型崩れがあり得、よく着る通常にもなるべくハンガー掛けではなくたたむことが奨められます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?