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ゴジラってこうだったの!?初代ゴジラを見た正直な感想とシン・ゴジラに思うこと

皆さま、ご機嫌よう。

この度、遅ればせながら『ゴジラ』の映画を初めて鑑賞しました。

今回は、その感想を綴っていこうと思います!


はじめに

まずは、自分が鑑賞した映画をお伝えしようかと思います。
この記事を書くにあたって、自分が観た作品は以下の二つ。

1954年公開『初代ゴジラ』
2016年公開『シン・ゴジラ』

それと、『岡田斗司夫さんのゴジラ解説』です。

ゴジラの記事を書くにあたって、流石に全くの知識なしで書くのはどうかと思ったので、尊敬する岡田斗司夫さんのゴジラ解説を観させていただきました。

当方、ゴジラ作品は上記の2作品しか見ていませんが、今回はそんなゴジラ映画初心者がこの作品をどう受け止めたのかという目線で存分に語っていこうと思います。

ゴジラの正体とは?

ゴジラと聞いて、なんだそれは聞いたことないという人なんてもはやいないかも知れませんが、あえて説明させてください。

ゴジラは、『なんだかわからない巨大な生物』が日本に襲来する映画です。

なんだかわかない、つまり『得体の知れないモノ』が突然襲来して人々を恐怖に陥れる。

そういう意味では、ホラーに近い印象も受ける映画なのですね。

怪獣映画という概念もほぼ存在しない時代に作られた映画ですから、当時の人々の目にはより強烈な存在に映ったことでしょう。

では、そもそもゴジラとは何だったのか?

初代ゴジラを見た時、このゴジラという生物はアメリカの投影なのではないかと思いました。

もっと言うとすれば、『核兵器』という得体のしれないモノへの投影ですね。

この映画が公開されたのは、1954年。

広島、長崎に核が落とされて1945年に第二次世界大戦が終結。
日本人はそのあまりの脅威に恐れおののき、日本人ならず世界までもがこの圧倒的な破壊兵器は使用してはならないものだと認識した時代。

そうです。
痛ましい世界大戦の終戦から、わずか9年後の映画なのです。

まさに核兵器とは、得体のしれない自分たちを滅ぼし得るモノでした。

対してゴジラも、同じく得体が知れない自分たちを滅ぼし得るモノです。

広島、長崎に原爆を落とされた当時の日本人の頭には、
もしそれが首都である東京だったら・・・とよぎったはず。

突如として海から現れて、東京を火の海にする得体のしれない怪物『ゴジラ』。

その脅威は、明日核で滅びるかも知れないという漫然とした不安を抱える当時の日本人の心に深く突き刺さったのだと思います。

だからこそ、あれだけの歴史的大ヒット映画になったのではないかと思いました。


神の化身としてのゴジラ

さらに、ゴジラは『神の化身』としても描かれています。

好き勝手に殺し合い、多くの犠牲の上に繁栄を享受してきた自覚のある人々の心には、深い後悔と自責の念が渦巻いていたのではないでしょうか。

神に背くことを平気で行ってきた自分たちには、いつか天罰が下るだろうと考えていたのかもしれません。

そこに、得体のしれない怪物が現れ、理由もわからず罰を与えて海に消えていく映画が公開される。

ゴジラは、人の行いを罰する神の化身としても、当時の人々の心に深く突き刺さったのだと思いますね。

兵器開発へのアンチテーゼ

また、この作品がヒットした理由として、兵器開発へのアンチテーゼが含まれているという点も挙げられると思います。

この映画には、兵器開発をやめようという強いメッセージが込められています。

兵器開発は地中深く眠る神に等しい存在をも起こし、人々はそれをも自分たちのエゴによる兵器で殺してしまえる力を持っている。

そんな痛烈なメッセージが込められているなと見ていて思いました。

作中ラストで、原爆でも水爆でもない全く新しい大量破壊兵器を開発してしまった芹澤博士は、ゴジラを道連れに新兵器の知識と共に海の底に消えていきました。

これ以上新たな兵器を生み出してはいけないという重いメッセージが込められているのをひしと感じます。

このラストが意味することを、現代に生きる我々も今一度考えないといけませんね。


ゴジラ=使徒

さて、続いて『シン・ゴジラ』

この初代ゴジラを観てから、すぐにシン・ゴジラを鑑賞しました。

あまりにもポスターが印象的で、このシン・ゴジラが見たかったからまず初代ゴジラを見たというのもあります。

シン・ゴジラでは、まさにゴジラを第1作目と同じ得体の知れない人間が敵わないものとして描いていました。

なぜ監督が庵野秀明だったのか?

最初はゴジラ好きなのか?くらいの認識でした。

ですが、初代ゴジラを観た後、岡田斗司夫さんの解説を見て納得。

ゴジラは、まさにエヴァンゲリオンの使徒と同じなのですね。

エヴァンゲリオンの使徒は、いわゆる人間よりも進化した人類を滅ぼす得体のしれない生物として描かれています。

それが何なのか、どこからやってきたのかという詳細な説明はなく、人類は訳もわからないまま自衛のための迎撃を強いられるわけです。

ゴジラ=使徒である

岡田斗司夫さんのこの説明には大いに合点がいきました。

ならば、庵野監督が描いてしかるべき作品だなと。

彼以上の適任はいないのではないかとも思いました。


リアルすぎる政府

シン・ゴジラの主人公は、政府の官僚。

まさかと思う着眼点です。

しかし、国がゴジラという災害にどう対処していくのかを見るのに、これほどの適役もまたいないですよね。

シン・ゴジラを観始めて会議室シーンが続く場面は、

政府の動きの鈍さを強調したいのか?
庵野監督は政府官僚に対して揶揄したいのか?

と思っていたのですが、時間が経つごとに政府官僚や自衛隊の動きがリアル過ぎて徐々にかっこよく思えてきました。

実際こんな予測不能の事態が起こったら、一人のヒーローが助けに来るというよりは連携して事態を収拾していくよねと。

その対応スピードはどんなに切羽詰まっていてもこれくらいの時間はかかるよなと。

そして、
官僚たちが巨大怪獣の襲撃に始終叫んだり慌てふためいたりするほど頭悪くないよなと。

このリアル過ぎるリアルさに、気づいたら惹き込まれているのですね。


映像でも大満足

映像も迫力満点でした。

最初ゴジラが魚類のように描かれるのも面白かったですし、短時間で進化してスケールアップしていくという演出もゴジラの脅威が引き立っていてとても素晴らしかったです。

ゴジラの得体の知れない不気味さがしっかりと表現されていて、
なるほどこれはたしかに使徒だなと納得させてくれました。

ゴジラの背中のヒレから発射される無数のレーザーなど、もはや完全に使徒の所業です。

たしかに怪獣が大暴れして街を破壊するのも怖いですが、街のど真ん中に鎮座して危害を加えようとするものを淡々と迎撃する姿はもっと怖い。

あえて動かないというのは現代ならではの視点で、新しい恐怖の描き方だなと感じました。

エヴァの使徒でも、地下のネルフまでひたすら掘り進んでくる奴とかいましたからね。

それに似た恐怖を感じました。

初代ゴジラの意思を継いで制作されたシン・ゴジラは、政府官僚を主人公に据えるという切り口がとてもユニーク。

まさにエヴァンゲリオンのいないエヴァンゲリオンを見ているかのような映画でした。


シリーズ映画に思うこと

冒頭にも書きましたが、『初代ゴジラ』と『シン・ゴジラ』以外はちゃんと観たことがないことはもう一度断っておきます。

この2作品しか観ていないので、さらに名作と言われるゴジラ作品があるのかも知れません。

ただ、あまりにも数が多くて何から観ればいいのかわからない。

膨大な作品数というのはファンにとっては喜ばしいことなのですが、新規は戸惑ってしまいます。

これは何も、怪獣映画だけに言えることではありません。

マーベル然り、スター・ウォーズ然り。

作品の数が膨大になっていくにつれて、それだけ新規の参入障壁も高くなっていってしまいますよね。

そこで、新規層をどのように取り込んでいくのか。

新規でも参入しやすいよう、工夫していくことが必要になりますよね。

この作品数に比例して高くなっていく参入障壁にどう対策を講じていくかというのが、今後のシリーズ作品の抱える大きな課題と言えそうです。


ゴジラは英霊でもあったのかも

ずっといつか観よう観ようと思っていたオリジンである初代ゴジラをやっと観ることができました。

結果としては大満足。

初代ゴジラは、キャラクターではなかった。

神の祟りや人類への報復、畏怖の対象としてゴジラを描いている、
『初代ゴジラ』、『シン・ゴジラ』は、自分の心に強く響きました。

ゴジラ解説をされていた岡田斗司夫さんは、ゴジラとは太平洋戦争で死んだ者たちの怨念が集まった英霊であるとも解説されていて、なるほどその解釈もありかと思わされました。

第二次大戦の敗戦国となった日本。

かつては敵と呼んでいたはずのアメリカに再建を助けられて、日本は徐々に復興を遂げつつある時代背景。

そんな今の日本人を見て、無念の末に命を落とした亡霊たちが怒りを覚えて具現化したとしても何ら不思議はないですよね。

敵だったアメリカに助けられて、かつての犠牲を忘れて恩恵を受けたまま暮らしていて良いのか?

当時の日本人の中には、そうした想いがあったのかも知れません。

実際に戦時中の日本は教育機関を巻き込み、建国神話を真実として教えて、徹底的に敵国をこき下ろしていた歴史があります。

アメリカは結果的には復興を助けてくれましたが、原子爆弾を落とした張本人もまたアメリカである。

その複雑な想いが、当時の日本人の心の中に渦巻いていたのではないかと思います。

ただ、アメリカだけが悪かったわけではない。

実際にどの国が悪かったというものではなく、どの国も悪かったというのが戦争というものです。

ゴジラ=第二次大戦の英霊説、これは十分有り得る話だと思いますね。

岡田斗司夫さんには、ジブリ解説やSF解説などを通して、教養としての映画の見方を教えてもらっています。

今回もお世話になりました。


総評まとめ

初代『ゴジラ』の総評。

1954年公開の映画に点数をつけるのは非常に難しいですが、

この映画を表す要素としては、

・戦後の人々の葛藤を描いている
・兵器開発へのアンチテーゼ
・天罰を与える存在をほぼ初めて描写
・観客にあらゆるものを投影させて考えさせる作り

以上のような観点が上げられるかと思います。

怪獣映画のパイオニアとしての功績も鑑みて、総評『92点』。

流石に、今の基準で映像表現や心理描写などを見ると古さは感じます。

しかし、当時制作陣が観客に伝えたかったことが表現できていたかという観点で考えると、間違いなくできていると言えるでしょう。


続いて『シン・ゴジラ』の総評。

・政府官僚が主人公というユニークな切り口
・エヴァのようなテンポの良い会議シーン
・初代リスペクトを感じるゴジラの在り方
・迫力満点の映像

以上の観点から、総評『87点』。

会議のテンポはよく惹き込まれたものの、流石に途中で若干の中だるみを感じてしまった故の点数ですね。

あとは、あそこまでエヴァンゲリオンを劇的に描いた庵野監督なら、
もっとすごい映像を作れたのではないかと素直に思ってしまいました。

その点も鑑みて、90点の大台には載せれなかったというところです。

庵野監督への、大き過ぎる期待が故の減点とも言っても良いかも知れません。

初代ゴジラのインパクトを、現代の映像技術を駆使してもっと劇的に超えてほしかったというのが正直なところ。

それこそサードインパクト並みの、神秘的な映像美に仕上がっていたら、90点超えは堅い題材だったと思います。

なんだか惜しいなぁと感じてしまったのが正直なところでした。


最後に

今回は、ゴジラ作品を見た感想を割と好き勝手に話してきました。

ここでの総評はあくまで私の独断と偏見に基づいたものであり、それによって作品の価値を下げようという気持ちは一切ございません。

どちらも素晴らしい作品です。

ただ、観たからには全力で本音を包み隠さずに作品と向き合っていきたい。

たとえ一つの作品からも、観る目を磨いていけばより多くのものを得ることができると信じています。

作品というものが人に与える価値を本気で考えているからこそ、観る目を磨いていきたい。

そう思うからこそ、総評をあえて点数として出させてもらっているわけです。

ゴジラ2作を観たことで、他のゴジラ作品にも興味が湧いてきました。

『ゴジラ-1.0』も、ものすごく評価高いみたいですね。

ゴジラではないですが、『シン・ウルトラマン』、『シン・仮面ライダー』もまた気になっています。

観たい作品が増えて嬉しい限り。

今月にはスター・ウォーズの『アコライト』も控えていますし、これはまた忙しくなりそうな予感。

また感動するような作品があれば、記事にしていこうと思います!

ではまた✨




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