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助監督時代に美術スタッフに「触るな」と怒られた話

最近はプロと素人の差が小さくなってしまって、それ自体はいろんな人にチャンスが巡ってきていいなぁと思うのだけれど、その結果いろんな勘違いが起きてしまってあらぬ方向に進ことが多いので残念に思うことが多い。

僕は19歳の専門学校時代にNHKのドラマのFD(NHKでは助監督のことをFD→フロアディレクターと呼ぶ)から演出家のキャリアをスタートさせた。
その後ABCやMBSなどフリーランスとしてドラマの演出に関わらせて頂いた。
監督ではなかったが当時貴重な関西のフリーランスの助監督として現場に入らせていただいて、将来は監督になりたいななんて思っていた。
もちろん素晴らしいキャリアではなかったがそれなりに現場経験は積んできたと思っている。

助監督をはじめた時に1番衝撃を受けたのは最初にテレビドラマの現場で良かれと思って現場にあった椅子を移動させようとした時に美術スタッフさんから「触るな!」と怒鳴られたことだった。

この出来事から「プロの仕事とは」というものを痛烈に思い知らされた。
地震のことがあったり飛行機事故のことがあったりするたびにSNSでは自称専門家や一般人が「常識的には」という観点から意見が出ていることにも違和感があり、もちろん言論の自由もあるしSNSはそういう場所だからと思うのだけれど、少し心苦しいから僕が思う「プロ」というものについて書かせてもらいたいと思った。


美術スタッフのBさんに怒鳴られた話

当時の僕は器用で現場では重宝してもらっていた、フットワークも軽かったから先のことを読んで必要な行動をしていた。
次はこの位置にカメラが来るからこの場所を空けておかなきゃいけないとか、あと何分後には休憩に入るからキャストさんが座るための椅子を準備しておこうとか、何かと気を利かすのが得意だった。

そんな甲斐もあって?19歳で初めてNHKでボランティアでドラマのお手伝いをさせてもらった後に初めてプロとしてABCのドラマの助監督のお仕事を受けた。

その日はロケで若干現場は押していた(時間が遅れていた)スタジオは遅くなってもまぁなんとか撮り切れるのだけどロケの場合はロケ現場のお店の営業時間の都合などで押すことが許されない場合が多かった。
カットが変わり、次のカットのために美術を動かさなくてはいけない時だった。

カメラの前に置いてある椅子を次のカメラ位置に合わせて少し移動させた。
その時美術スタッフの見た目がクマさんのようでとても怖い(本当はめちゃくちゃ優しい)Bさんが僕に向かって「触るな!」と怒鳴りつけたのだった。

その椅子の位置は後から考えても間違えた位置に移動させたわけではなく、段取りとしても間違えたことをしたわけではなかった。

しかし怒鳴られたのだ。

僕としては「え?なんで?」であったし、自分が何かとんでも無いことをしてしまったんじゃないか?と思って萎縮してしまってその日の現場は散々だった。

撮影が終わりプロデューサーさんと食事をしている時に相談をしてみた「今日の僕の行動ってまずかったんですかね?」

そうするとプロデューサーさんはこう答えてくれた
「結果的に間違えた行動はしていなかったけど、プロの仕事ではなかったと思うよ」
僕は少し納得ができない顔で話を聞いていたようで続けてこう教えてくれた。

「もし移動させた時に椅子が壊れちゃったら、谷君は責任が取れる?逆にその椅子の位置が絶妙だった時美術さんは評価される?プロの仕事というのは自分の仕事に責任を持つことなんだよ、カメラの前に映る美術品は全部美術さんの仕事なんだ、だから谷君は演出家として椅子の位置を変えたかったら先輩であっても「この位置に移動してほしい」と美術さんにお願いしなきゃいけないんだよ」

ということだった。

仕事には線がある

起業なんかをすると「全部やって当然」だから忘れてしまいがちだけれど、仕事には線がある。
僕は当時その線を知らずに何でもかんでも動きまくって現場を掻き回してしまっていた。
後から徐々に知っていったけれどテレビドラマの現場ってその線がとても明確で面白い。
例えば役者さんの洋服に小さな埃がついていたとしても助監督がそれを取ることはしない、日常生活だと当たり前に「埃ついてますよ」って取るもんだけど、これは衣装さんの仕事だ。
理由としてはその埃を「わざとつけている」かもしれないし「埃と思ったら解けていて修正ができない」かもしれないしはたまた助監督がそれをすることで遠回しに衣装さんに「埃がついた衣装を用意してますね」なんて批判している格好になるかもしれない。

助監督がやることは衣装さんを呼んで「この埃ってとっていただけますか?」とお願いすることだ。

もちろん監督やプロデューサーによって現場感覚は違うだろうけど僕がいた現場ではそういう場合が多かった。(バラエティとかは少し違うと思う)

とにかく仕事には「線」があるということを学ばせていただいた。

その線を越えてしまうことはその道のプロに対して失礼である。
そして僕がその線を越えちゃいけないと思っている理由にはもう一つある。

プロは考えてるに決まってる

プロを舐めちゃいけないなって思う出来事は他にもあった。
以前SHOWROOMの前田社長とお話しをさせていただいていた時のことだった、
自分がやっているビジネスやアイデアについてあるアパレル関係の超有名先輩起業家に話を聞いてもらいたいと考えていた。
前田社長はその方と親交があるということだったこともあり相談していたのだった。

その時に前田さんはこんなことを言ってくれた、
「谷さんの事業は本当に素晴らしいと思います、だけど彼はその業界でも起業家としても大先輩のプロフェッショナルなんですよね、谷さんが考えていることはすでに考えていてその上で「やらない」という選択肢をしたと考える方がいいかもしれないですね」

ものすごい納得感だった。
その道のプロといのは本当に本当に四六時中そのことを考えている。
自分が考えているビジネスについてもちろん細かな工夫だったりはやってみないとわからないことがあるだろうがそもそも「こんなことやってみたらどうだろうか?」なんてアイデアは数千、数万回と考えているに決まっているのだ。

この出来事以外にも僕はいろんなプロの人にお会いしてきたがその都度「一般人が考える程度のことをとっくの昔に考えている」というのが結論だった。

稀にそうでは無いこともあるかもしれないが1/100くらいだと思う。

僕が椅子を動かしたことも「その位置に動かした方がいい」ってことくらいはとうの昔にわかっていただろうし、僕が考えた事業アイデアなんてのはとうの昔にプロは考えている。

僕はプロの仕事の線を越えるばかりか「自分は相手よりも知っている」と知ったかぶりをして行動をしていたのだ。


美術さんの部屋でコーラを飲んだ話

美術のBさんに怒鳴られた話には続きがある。

プロデューサーの話を聞いて納得した僕はその後Bさんの元を訪ねていった、美術部屋ではメイクさんと衣装さんが集まって夜に飲むのが通例だったようで僕はまたそれを知らず飲んでる現場に突入してしまった。

顔を赤くして気分良く飲んでいるBさんに唐突に訪ねていった僕は「今日はすいませんでした!」とあやまった。
普段は寡黙なBさんだったけど、必死に謝ってる僕をみて「飲んでいくか?」と誘ってくれた。
「僕未成年です!」というと驚いて「じゃあコーラでも」なんて言ってくれて美術さんとコーラを飲みながらいろんな話を聞かせてもらった。

翌日の撮影からは何かを動かすときは美術さんに「動かしていいですか?」と確認するようになったし、逆に美術さんの方から「手が空いてたらこれ頼む」と言われるようにもなっていった。

世の中には「プロ」という人が存在する。
起業家、専門家、政治家、主婦、職人などいろんなプロがいる。
SNSなんかを見てみるとそのプロが話す内容を一般人が「こんなことも知らないのか」と批判したりする。
政治やビジネスってのは世論があってなんぼのもんだからまぁそれも仕方がないなぁと思うのだけれど、僕はその道のプロを信じなきゃいけないし、
プロ同士でも意見が分かれる場合は直接自分がそのプロに会いにいって話を聞いて一次情報を信じていかなきゃいけないなと思う。

もちろん世の中には「いいプロ」「ダメなプロ」なんてのもいるからわかんないことも多い、だからこそ自分たち自身で情報を集めなきゃいけないし情報を出して守られる人間関係を作っていかなきゃいけないなと思うのである。

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