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【創作エッセイ】アイドルになれたら⑳

※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。


私を苦しめているのは、一体誰?


「考え直すまで話しかけてこないで」

ルイの言葉が、頭を押し潰すように重くのしかかる。

多少頑固なところはあれど、理不尽に相手を攻めるような子じゃない。話せばわかってくれるはず。それは長い付き合いの私が一番よくわかってる…はずだった。
でもあのときのルイは、今まで見たこともないような強い軽蔑の眼差しをしていた。

帰宅して洗面台に立ち、いつものようにメイクを落とそうと自分の顔を見た瞬間、張りつめていた糸がプツンと切れた。

アイシャドウが全て流れ落ちるくらいの勢いで、涙がとめどなく溢れてきた。やるせない気持ちと共に、このまま消えてしまいたいとさえ思った。こんなに醜い姿になった自分も、それを見ている自分も、全てが嫌になる。
自棄(やけ)になったその勢いのまま、この世界から自分の全てを消すつもりでクレンジングバームを顔に塗りたくった。


お風呂を終え、就寝のためにベッドに入ってスマホを開く。
何の気なしに開いたチャットアプリをスクロールしていると、ふとチャリさんのアイコンが目に入った。元気にしているだろうか、なんて少し考えていたら急に胸が苦しくなり、衝動的にチャットを開き文字を打っていた。

きっと、誰かに話を聞いてほしかったんだと思う。それに、相談するなら事情を知らない人が一番フラットなアドバイスをくれそうだと思ったから。その対象がたまたまチャリさんだったってだけの話。

うゆ「〔オンニ、こんばんは〕」
  「〔ちょっと相談いいですか?〕」

チャリ「〔どうしたの?〕」
   「〔ちょっと待って、電話しよ〕」

秒で返信が来た後、すぐにビデオ通話の着信がくる。
すっぴんパジャマだけど、今はそれを気にする気力もなかった。

うゆ「〔あ、オンニこんばんは…〕」

チャリ「〔うゆや、何があったの?〕」

画面の向こうのチャリさんも寝る支度をしていたようで、眉毛と目元がかなり薄くなっていた。髪色を変えたらしく、透明感とツヤのあるパープルロングヘアが美しい。

うゆ「〔オンニ…〕」

気づいたら涙が流れていた。目が合っただけなのに、一言言葉を交わしただけなのに、何も喋れなくなるくらい止め処なく溢れてくる。

チャリ「〔ちょ、大丈夫?!〕」

ぎょっとした表情のオンニの問いかけに、精一杯首を横に振った。
まさか自分がこんなに弱っていただなんて、夢にも思わなかった。

チャリ「〔とりあえず、何があったのか教えて?ゆっくりでいいから〕」

突然のことにも関わらず優しくしてくれるオンニのその言葉に、少しだけ甘えてみることにした。


今日の帰り際にジヒョンと話していたところをメンバーが目撃して誤解されたこと、弁明しようとしても突き放されたこと、こちらが考え直すまで対話を拒絶されたこと…ジヒョンとは他愛のない話をしていただけだったこと、お互いを励ます意味でハグをしたこと…本当はルイに言いたかったことを、包み隠さず全てチャリさんに伝えた。

話し終わると、チャリさんは相槌を打ちながら少し考えた後、あっさりした口調でこう放った。

チャリ「〔本当の気持ちを打ち明けてみたら?〕」

うゆ「えっ…」

あまりにあっさりとした返答に驚いたと同時に、それが出来たら苦労しないのに…と葛藤が生まれた。でも、もう少し話を聞いてみたいと思った。チャリさんは決して思慮が浅い人じゃないから。

チャリ「〔今話してみて、ちょっとすっきりしたことない?〕」

確かに、相手は違えど言いたかったことを言えたし、抱えていた不安を少しだけ吐き出せた気がした。

チャリ「〔なんか聞いてて思ったんだけど、うゆはメンバーから見てもしっかり芸能人っていうイメージなんだろうね。ストイックだし、全部潔白にすることを意識してる感じがする〕」

ドキッとした。確かに仕事に関しては外部からの介入が苦手だから一人で頑張るし、それ故にプライベートの姿を見せる機会があまりなかったかもしれない。白黒をしっかりつけようとするのも、誤解を招いて仕事に支障が出てはいけないと思ってのこと。

思い当たる節しかなくて、自分で自分にドン引きした。

チャリ「〔うゆはWellBeeの活動を何よりも大切に思ってるだろうから、ウチらWeBelieveもそういう うゆしか知らないわけ。メンバーは一番近くでそれを見てるんだから、他のこと、ましてや男性に意識を向けてるうゆを認めたくないんだよ。うゆもそれがわかってるからすぐにでも弁明したかったんだろうし〕」

うゆ「〔…!〕」

チャリ「〔だけどね、もっと自分を自由にしてあげていいんだよ。仕事だけじゃない、もっと別の何かに意識を向けることも悪いことじゃないし。WeBelieveも、うゆのそういう部分を期待してるはずだよ〕」

自分を律していたのは確かに自分だった。しかし、そのイメージを周りにも浸透させてしまったために、いつの間にか自由とは程遠い生き方をしてしまっていた。そしてそのイメージを崩さないために、常に自分で自分の首を絞めていたのだ。

完全に盲点で、言われなければ気づけなかったことだった。きっとルイだってやみくもに突き放したわけじゃなくて、突然のことに混乱してしまったんだろう。誤解させてしまうだけのシチュエーションだったことは確かだし、あの状況で弁明したって全部言い訳にしか聞こえなかっただろう。

チャリ「〔今はメンバーの顔色を窺わずに、自分の心の声に従ってみて〕」

チャリさんは何でも見透かせるのだろうか、はたまた自分が鈍感すぎるだけなのか、しばらくは開いた口が塞がらなかった。


私が少し落ち着いたあたりで、チャリさんが話題を変えた。

チャリ「〔SIX-NANALYのコスメはね、ウチが自分の世界を自由に表現するために作ったの。既存のコスメで使いやすいものも勿論あったけど、本当に使いたい色とかラメとか、持っててテンション上がるパケとかが自分の中にあったから形にしたんだよね。だから万人には向かない商品だけど、ウチは理想が叶って超満足してる。こんな見た目からは想像できないってよく言われるけど(笑)〕」

確かにギャルな見た目からは想像もつかないほど繊細だし、色のセレクトも質感も超一流だ。チャリさんのコスメには、いつもときめきをもらっている。それら全てが、彼女が自分を解放し挑戦した成果として実現したもの。
私にもかつて、そんな経験があっただろうか。

ふと、『Parade』(※第1話参照)を聴いて早起きを頑張ってるファンの子の話を思い出した。あの頃は自分の悩みを歌にすることで、多くの人と意思疎通できていた。幼さ故だが、それでも幾分かファンとの繋がりや自由を感じていた気がする。
あの頃の感覚が、少しずつ少しずつよみがえってきたような気がした。

もう一度自分を解放する音楽を作りたい。心の底から渇望した瞬間だった。


チャリ「〔ウチがメイクアップアーティストを辞めてビューティークリエイターになるって決めたときも、周囲は猛反対してたよ。でも、自分に自由にやった結果として今があるじゃん?苦労も絶対あるけど、それも人生だって思って堂々としてたら大丈夫よ〕」

確かに今の事務所のスカウトを受けた当時の私は、親の期待に応えるために日々勉強に勤しんでいた平凡な高校生だった。
安定した進路を手放してでも、叶えたい夢に向かって努力するだけの度胸を持っていた自分。夢を叶えた後も生活を安定させるためにひたすら努力に明け暮れて、仕事人間と化した自分。気付けば娯楽はユメロ鑑賞以外無かったし、そのユメロさえも同業者視点でしか見れなくなっていた。

そんな中で巡り合わせた、ジヒョンとの共演。最初は同業者として一線を引いて接していたが、彼の内面に触れていくたびに、ビジネスではない人間同士として接することに喜びを感じている自分がいた。

うゆ「〔…確かに自分で選んだからこそ、人生を変えられた実感はあります。事務所に入ってなかったら間違いなくスポットライトとは縁が無かったはずですし、チャリさんやジヒョンさんにもお会いできなかったし…〕」

そう言うと、チャリさんはにっこり笑って頷いた。

チャリ「〔ウチも自分のコスメブランド立ち上げたの超嬉しかったし、何よりもあの日サロンに顔出してマジ良かったって思ってる。肝心な2人の撮影日に行けなかったのは残念だけど(笑)〕」

うゆ「〔むしろこちらのガチガチな姿をお見せしなくてよかったです…〕」

チャリ「〔え~!めっちゃレアだから見たかったのに!…でもいっか、2人のお邪魔になってたらダメだったし?〕」

うゆ「〔ちょ、オンニ?!〕」


気づいたら涙も止まっていて、抱えていた不安が少し和らいでいるような気がした。自分が本当に表現したいことを伝える作品を作ることが、今の私の最優先事項だ。

チャリ「〔とりあえず、落ち込んだら買い物に出な!休みの日もずっと作業してるんでしょ?滅多に外出しないんだし、1日くらい仕事しなくても死なないんだから息抜きしないと〕」

仕事人間の思考を読まれてしまっているのか、正反対の提案をされてぎょっとしてしまった。苦笑いと共に、今回は白旗を揚げることにした。

うゆ「〔…そうですね、じゃあ明日は外に出てみます。ありがとうございます、オンニ〕」

チャリ「〔いいってことよ☆また相談あったらいつでも連絡しなね?〕」

うゆ「〔はい、また近々(笑)〕」

チャリ「〔ちょ、近々って…あ、今いい笑顔!やっぱ笑顔が一番可愛じゃ~ん☆〕」

そう言ってケラケラと笑うチャリさんも、とっても可愛い笑顔をしていた。
彼女に相談してよかった、心からそう思えた。



キャプション

「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。

「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。

「SIX-NANALLY」(シックスナナリ)
メイクアップアーティスト出身の人気ビューティークリエイター・チャリがプロデュースするコスメブランド。第六感(勘・インスピレーションなど、鋭く物事の本質をつかむ心の働き)を信じて、自由に遊ぶように(날라리:遊び人、のように)メイクを楽しんでほしいという意味が込められている。透明感のあるパッケージと上品でアンニュイな色使い、ラメやパールの配合にこだわりを感じられるとコスメオタクの間でも絶大な人気を集めている。


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