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【創作エッセイ】アイドルになれたら⑭

※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。


繋がりを探して。


帰国してすぐに会社に呼び出されて開かれたミーティング。そこで告げられたのは驚くべき内容だった。

社長「急だけど、来月のSHOUT OUT TV2時間スペシャルへの出演が決まったよ」

5人「ええっ?!」

SHOUT OUT TVは、20年以上続く歴史ある音楽番組。合言葉は「パッションを交(か)わせ!」で、豪華なセットとスペシャルなステージで人気の番組だ。ファンの観覧公募もあり、人気アーティストの観覧倍率は数百倍にもなるという。スポンサー企業の協賛も多く、出演料も他の局よりずっと弾むらしいとも聞く。まさに選ばれし者だけが出演できる夢のステージだ。

レミ「すごい…!あのSHOUT OUT TVだよ?」

カヤ「しかも生放送ですもんね!頑張らなきゃ!」

ヒヨ「なんか急な気もするけど…でもチャンスだ!」

嬉しそうにするみんなを横目に、なんとなく落ち着かない自分がいた。

ルイ「うゆ」

左隣に座っていたルイが、私の腕を小突いた。

ルイ「ついに私たちもスターダムってことだよね?」

珍しく浮かれているルイに、思わず苦笑いする。

うゆ「浮足立つのはまだ早いよ、まずはそのステージを成功させなきゃ」

ルイ「それもそっか(笑)」

うゆ「社長、ミーティングに戻りましょう」

社長「ああ、そうだな。では次のアルバムに話題を移そうか」


ミーティング後すぐに自室に戻り、アロマキャンドルを眺めながらぐるぐると頭を巡らせた。

私がなんとなく落ち着かないのは、良いことも悪いことも含めて自分を取り巻く事象が多過ぎるからかもしれない。気疲れと言ってしまえばそうだが、休む間もなく埋まっていくスケジュール表に幻滅するのは無理もないことだろう。

うゆ「疲れた…」

ふっと出たため息でキャンドルの火が消えてしまったので、そのまま就寝準備に入った。今日は久しぶりに長風呂しようかと思い、入浴剤のストックに手を伸ばした。

うゆ「あ...」

一番最初に目に入ったのは、ユメロの日本限定販売バスボムだった。どこの売り場でも即完するほどの人気商品だが、会社の人が差し入れのお菓子と一緒に1包だけ忍ばせてくれていた貴重な品。いつか使おうと思いながら、気づけば1ヶ月は余裕で過ぎていた。

人気イラストレーターがデザインを担当した、コミカルな絵柄のメンバーのフィギュアが出てくるらしい。

うゆ「...さすがにここでジヒョンを引いたら怖いよね」

そう思いながら封を開け、バスボムを取り出す。手のひらサイズの黄色い球体は、昨日見た夜空の月のようだった。

どうしてしきりにジヒョンを思い浮かべてしまうのか、自分にもわからない。目に入るあらゆる事象が彼とリンクする。これが恋なのだとしたら、自分はかなり盲目だと思う。

そうこうしているうちに風呂の湯が溜まったので、そっとバスボムをつけてみた。
しゅわしゅわと音を立てて溶けていく様が儚くも愛おしい。


しばらくして水面に現れたフィギュアは、マンネのチャンミだった。3ヶ月前にリリースされた、1年半振りの日本語楽曲となる『Better for me』のビジュアルとなっており、深紅のハーフアップヘアと白いカットソーの色の対比が美しい。

うゆ「チャンミ...そういえば同い年だっけ」

チャンミは2001年生まれの最年少ながらグループで一番身長が高く、188cmにもなる。横並びになると、178cmのジヒョンさえも可愛く見えてしまうトリックアートっぷり。日本語で「薔薇」を意味する名前は本名で、祖父母が薔薇園を経営していることに由来するらしい。

ジヒョンはチャンミをすごく可愛がっている。練習生時代、お腹を空かせたチャンミに自分の食事を分けてあげたり、ホームシックで泣いていたら抱きしめて寝かしつけたりしていたらしい。その頃の名残りで、今でも毎日ハグする習慣があるんだとか。その様子からついたケミ名は「父子ズ」。ユメロで一番尊い関係性とされる2人だ。

うゆ「まあ誰が出ても嬉しいよ、『Better for me』のビジュは全員最高だから…」

とかつぶやきつつ、ジヒョンが出なかったことに対して、安堵半分無念半分という複雑な感情になった。チャンミも勿論好きだけど、出来たらジヒョンのフィギュアも実物を見たかった。イメージ画像だけじゃ把握しきれない立体感があったはずだ。でもいざフィギュアを手に入れていたらそれはそれで、ジヒョンの分身を家に居座らせるような謎感覚に陥っていただろう。

作り物のはずなのに、チャンミのフィギュアから感じられる温もりがお湯によるものなのか、はたまた自分の勘違いなのかもわからなくなってしまった。


うゆ「どこに置こうかな…」

風呂上がりにしばらく自室をぐるぐるとまわっていると、ヒヨから着信が来た。

ヒヨ「うゆちゃん、うゆちゃん宛ての荷物が届いてますよ!会社に置き忘れてたみたいなので今から届けに行きますね!」

うゆ「えっ、本当?ありがとう」

程なくしてブツッと電話が切れ、すぐにインターホンが鳴った。
ドアを開けると、同じく風呂上がりらしいルームウェア姿のヒヨが大きなショップバッグを提げて立っていた。

ヒヨ「これ、ブランドさんからのプレゼントみたいです。ちょっと重いので気をつけて持ってくださいね」

うゆ「ごめんごめん。ありがとね、ヒヨ」

ヒヨ「どういたしまして…って、それチャンミさんですか?!」

そう言って手元をがっしりとホールドされる。キラキラおめめでフィギュアを見つめてくるヒヨに思わず仰け反ってしまった。これだけ抽象化されていても、わかる人にはしっかりわかるらしい。

うゆ「そうそう、バスボムのやつ」

ヒヨ「私、ジヒョンさん出たんですよ!よかったらチャンミさんと交換してもらえませんか?!」

うゆ「えっ、しよ」

思いがけない提案に反射的に二つ返事でOKすると、ヒヨは顔をパッと明るくして笑った。

ヒヨ「やった!じゃあ持ってくるのでちょっと待っててください!すぐ戻ります!」

うゆ「ゆっくりでいいよ~」

すっかり高揚しているヒヨは、私の言葉を聞くより先にバタバタと走って隣の自宅まで戻っていった。


ヒヨは私とルイの影響で、WellBeeとしてデビューした直後からユメロを履修している。推しはチャンミで、いつもカバンにアクスタとトレカを忍ばせている。ヒヨ曰く、チャンミの好きなところは「高貴なビジュアルに反して甘えん坊なところ」らしい。

弟と妹を持つ長女のヒヨは、初対面からデビューするまで「甘える」という行為に強い抵抗があった。いきなり末っ子となり、自分より数歳年上のお姉さんに囲まれて生活する中で、姉としての自分のアイデンティティを見失うことに対する恐怖が大きかったらしい。それにより、自分の感情を表に出せず、過度な疲労で倒れたこともあった。

しかし、年上で一人っ子のチャンミが兄たちに甘えている姿を見たことで、徐々に抵抗感が解消されたようだ。190cm近い大男が周囲にたくさん可愛がられているのを見て、これからもずっと辛い思いをするくらいなら、自分のためにも心を開こうと思ったらしい。そして今では、WeBelieveから「ピヨちゃん」と呼ばれるくらい愛らしい性格になった。これはもう、「蛙の子は蛙」ならぬ「マンネの推しはマンネ」現象だ。


ヒヨ「お待たせしました!」

うゆ「ううん、体感10秒よ?」

光の速さで戻ってきたヒヨと早速物々交換し、ジヒョンのフィギュアが手に乗った。黒髪ウェーブにボウタイの白ブラウスがミステリアスなビジュアルで、右の口角が少し上がった表情は、メインビジュアル画像を忠実に再現していた。

ヒヨ「これ、うゆちゃんが好きな黒髪のジヒョンさんですね!」

うゆ「そう、だね...やっぱり美しいわぁ...あはは...」

言えない。あの日の夜から青髪が一番好きになったなんて、口が裂けても言えない。パーカーのフードから除く長めの前髪とやや猫目で聡明な瞳のコントラストが最高だったなんて、絶対に口が裂けても言ってはいけない。

ヒヨ「はぁ...チャンミさんの赤髪も最高...血を吸われても本望って言い切れる...」

すっかり心酔しているヒヨに苦笑いしながら、その後少し話をして追っ払った。

ヒヨ「じゃあ続きはまた明日で!今日はゆっくり休んでください!」

うゆ「ありがと~ヒヨもね~おやすみ~」

玄関に置いてある時計を見ると、1時間が経過していた。玄関で1時間も立ち話なんて、どこの井戸端会議だよ…と自分自身にツッコミを入れてしまう。

本当、ユハモニ同士話しているとキリがない。ルイとも高校時代の昼休みに音楽室で撮影やオタク話に熱中して授業を丸1限分逃すという失態を犯していた。まあその時間は奇跡的に自習だったからよかったけど。

扉を閉め、改めてまじまじとフィギュアを見つめた。

うゆ「…結局手に入っちゃったよ」

不敵な笑みを浮かべる彼は、私が尊敬する演者の顔そのものだった。

運命は、必ず自分の元へ巡ってくるようだ。



キャプション

「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。

「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。

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