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【創作エッセイ】アイドルになれたら㉑

※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。


偶然なんかじゃない。


チャリさんのギャルマインドと激励に支えられ、その後は泥のように眠った。目を覚ますと、大きな窓の外には雲一つない青空が広がっている。

「落ち込んだら買い物に出な!」という助言のもと、デビュー後初となる完全プライベートなショッピングに出ることにした。とはいえ何か欲しいものがあるわけではなく、何か当てがあるわけでもなく、良い出会いがあれば何か買おうかと思っているだけだ。

クローゼットを開け、紺色のノースリーブワンピースとシルバーのハンドバッグを手に取る。シルバーのバレエシューズとBakedChouChouのピアスを身につけ、少し背伸びした香水を纏う。「ファッションは武装」という考え方は一理あると思う。

真っ昼間に街中を歩くなんていつぶりだろうか。あんなに泣いた昨夜が嘘のようにわくわくしている自分がいた。


駅から15分ほど歩くと、初めて見るブティックがあった。高校生のときは小さな中古CDショップだった場所で、月に一度は必ず何かしら買っていた。2枚以上買ったら1枚おまけしてくれた老店主は、今どうしているだろうか。

古ぼけた木の引き戸からガラス張りの洗練されたディスプレイへと変わり、アンティーク家具と共に上質な印象の洋服がたくさん掛けられている。扉を開けると、カランコロンというベルの音と共に店員がこちらを振り返った。

店員「いらっしゃいませ」

店内はシャンデリアが飾ってあり明るく、水色とグレーを基調とした洗練された内装に仕上げてある。猫脚のテーブルや椅子までもが、この空間のためだけにあつらえたような特別感を醸し出していた。

平日の昼間なので客はおらず、シーンとした店内にはクラシック音楽が流れている。昔どこかで聴いたようなメロディーラインだ。

あれこれ見て物色していると、奥にひと際華やかなドレスが飾ってあるのを発見した。デザインの美しさにしばらく見惚れていると、店員が気付いて声をかけてきた。

店員「…そちら、素敵ですよね」

うゆ「はい、なんだかすごく惹かれしまって…」

そう言うと彼女は少し微笑んで説明してくれた。

店員「このドレスは『Swan』という作品でして、うちの社長が長年スケッチブックに描きとめていたデザインなんです」

白鳥、その名前に相応しく、ベルスリーブの袖にはふんだんにレースが使われている。身ごろにはシャーリングと繊細な細リボンの編み上げ、スカートはサテン生地を使ったバルーンの形状になっており、上掛けされた透け感のあるレーススカートと、腰に添えられたチュールのリボンが可憐で愛らしい印象を与えている。

店員「このドレスは社長が全て手作業で作ったものになっております。元々販売する予定ではなかったのですが、今朝になっていきなり店頭に出すことになりまして…」

確かに布が光焼けしている様子もなければ繊維が劣化しているわけでもない。おそらく作られてまだ日が浅いのだろう。売る予定がなかったのなら、この世に1点しかない貴重な品だということは誰でもわかる。

うゆ「白鳥が羽ばたいた、ってことか…」

何気なくボソッと呟いたが、彼女が目を丸くしてこちらを見た。

店員「素晴らしい表現…!確かにスケッチブックから羽ばたいたってことですもんね…!とっても素敵です…!!」

とっても素直で感動屋さんな彼女に、苦笑いと共に謙遜するしかない自分が少し苦しかった。


なんだかこのまま放っておけず、試着してみることにした。かなり細身な作りだったがぴったりで、とても繊細で美しい白鳥の羽が自分を守ってくれているようだった。思わず羽ばたきたくなるベルスリーブが、空想世界への浮遊意欲をかき立てる。

店員「綺麗…」

彼女の目に薄っすら涙が浮かんでいるのが見えた。長年眠っていた白鳥の本来の姿を、親心で見ているのだろう。本当に純粋な人だ。

まるで自分を待っていてくれたかのような巡り合わせに、今すぐこれを手に入れなければならないという衝動に駆られた。迷っている暇はなかった。

うゆ「これ、ください」

彼女は再び目を丸くした後、しみじみと頷いた。


レジに通され恐る恐る値札を見ると、10万8000円。他の服は1万5000円~という価格帯なので、正直かなり驚いた。
しかし、買う理由が値段なら買わない、逆に迷う理由が値段なら買った方がいいと誰かが言っていたのを思い出した。だとしたら、値段の分だけしっかり働けばいい。そう思い、クレジットカードを差し出した。

うゆ「あの…そういえばここって昔はCDショップでしたよね」

何気なく聞いたが、彼女は再び目を丸くした。

店員「はい、社長のおじい様が営んでおられました。もう5年ほど前にやめられたそうですが…ご存知だったんですね」

うゆ「私、よく通っていたんです。店主さんは今、お変わりないですか?」

そう言うと、途端に表情が暗くなる。聞いてはいけないことを聞いてしまった感は、誰が見てもわかるほどだった。

店員「…つい昨夜、お亡くなりになったそうです」

うゆ「そ、そうだったんですね…ごめんなさい。私、何も知らなくて…」

店員「いえいえ、こちらこそ。あの…WellBeeのうゆさん、ですよね」

うゆ「はい」

急に当てられてびっくりした。まあ変装していないので気づかれる覚悟ではあった。

店員「社長のおじい様が、ご活躍をとても喜んでいらしたんですよ。音楽にとても熱心で、謙虚で素晴らしい子だって…昨日の生放送を見ながらそうおっしゃっていました」

うゆ「覚えていてくださったんですか…?」

店員「ええ、それはもう誇らしげに…私も同席していたんですけれども、病室のベッドに横たわりながらWellBeeの皆さんの出番を今か今かと待ちわびておられました。パフォーマンス中の真剣な眼差しが、かつてお店で話をしていたときと同じだって…あの頃の情熱が、確かに今もうゆさんの中で燃えてるっておっしゃっていました」

思わず涙がこぼれた。老店主との思い出が、走馬灯のように膨大に思い出される。気さくで優しく、知りたいことは何でも教えてくれたあの顔が猛烈に恋しくなった。

店員「今日がお通夜なので、よろしければ一緒に行きませんか?」

迷ってなんかいられなかった。二つ返事で段取りを決め、夕方に再度落ちあうことにした。



キャプション

「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。

「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。

「SIX-NANALLY」(シックスナナリ)
メイクアップアーティスト出身の人気ビューティークリエイター・チャリがプロデュースするコスメブランド。第六感(勘・インスピレーションなど、鋭く物事の本質をつかむ心の働き)を信じて、自由に遊ぶように(날라리:遊び人、のように)メイクを楽しんでほしいという意味が込められている。透明感のあるパッケージと上品でアンニュイな色使い、ラメやパールの配合にこだわりを感じられるとコスメオタクの間でも絶大な人気を集めている。

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