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【創作エッセイ】アイドルになれたら⑲

※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。


そんなはず。


いよいよユメロのステージが始まった。控室の小さなモニターから、大歓声と共に華やかに繰り広げられるステージが流れてくる。
最前列はルイとマンネズに陣取られたため、レミと一緒に少し離れたソファからモニタリングしている。最初のMCの時点でマンネズがキャーキャーし始めたので、静かに見るように釘を刺しておいた。

メンバー全員が白いカットソーに黒のスラックス、黒い革靴というシンプルなスタイリングに、各々を象徴するモチーフのピアスやネックレスを身につけている。ジュンホは亡き先輩ラッパーからデビュー前に譲り受けたというゴツめなシルバーリング、シウは熱心な信仰を象徴する十字架のイヤリング、ジョンソクは両親から成人祝いに貰ったという名前入りのバングル、ジヒョンはいつも身につけている華奢なシルバーネックレス、チャンミはアイデンティティである薔薇のピアスだ。


まず最初に披露される日本語楽曲の『Better for me』は、決して結ばれることのない片想いに苦しむ心情が歌われている。

『君が好きな気持ちは きっと消せないけれど
 今はそっと送り出すよ
 それが Better for me Better for me
 僕のもとから君は 遠く離れていくけれど
 きっとこれでよかったんだ
 さよなら Better for me Better for me』

MVの世界をそのまま再現したような白い木のセットと粉雪の演出が、儚く切ない歌詞と繊細なダンスを引き立てている。
誰もが息を吞むその美しさに、ユメロの圧倒的な存在感を感じずにはいられない。


続いて、2年前に世界中で爆発的な人気を博した『Across the Sky』の日本語ver.。「顔を上げて、空一面に広がる光景を共に見よう」というメッセージを込めており、環境サミットのテーマソングに選ばれたことから曲とグループの知名度が急上昇した。

『僕らの世界は こんなにも美しい
 夢なんかじゃないから 顔を上げてごらん
 So many stars across the sky
 So many hopes across the world
 出会えた奇跡 守りたいものは
 僕らを彩る この日々にあるから』

白い木はライトアップで虹色に変わり、客席からは大きな歓声と手拍子が聴こえる。パステルグリーンのロングジャケットを羽織り、バックダンサーと共に明るく楽しく踊る姿はまるで、当時のサミット祝賀パフォーマンスがそのまま目の前に戻ってきたかのように爽やかで懐かしい気持ちになった。


会場からは、性別年齢関係なく大きな歓声がしきりに上がっている。海外でこんなに熱烈な歓迎を受けられてきっと嬉しいだろうし、ユハモニである私もすごく誇らしい気持ちになった。

「あなたに出会えてよかった」

去り際のあの言葉が、未だに脳内をループする。
あのときのジヒョンは、一体何を伝えようとしていたのだろうか。

レミ「…うゆ、どうしたの?」

考え込んで渋い顔をしてしまっていたのか、レミが不思議そうにこちらをのぞき込んでいた。

うゆ「何でもないよ」

そう言って再びモニターに目を向けた。


生放送が終わり、送迎車を待つために地下駐車場の待合スペースにいた。
ぼーっと車の動きを眺めていると、背後から声がした。

ジヒョン「お疲れ様です、うゆさん」

うゆ「ジヒョンさん…!お疲れ様です」

ユメロのパフォーマンス後すぐにエンディング、そのまま解散になったので、ヘアメイクはそのままで服だけリハ着のジャージに変わっている。ミミィのぬいぐるみを鞄にぶら下げているのが可愛らしい。

ジヒョン「無事に終わりましたね…」

うゆ「ステージ、最高でした!会場全体がすごく熱くなってて、U-MELLODさんってやっぱりすごいなって、音楽が人の心を動かすって素敵だなって改めて思いました…!」

熱意を込めて必死に伝える。全てを吐き出す勢いで喋ったつもりなのに、口から出た言葉は月並みなものばかりだった。

ジヒョン「ありがとうございます、僕もめちゃくちゃ楽しかったです!今までで一番かも(笑)」

ジヒョンはくしゃっと笑いながらそう言うと、何の迷いもなく私の傍に立った。出会ってからずっと変わらない優しいパフュームの香りに、いつの間にかやすらぎを覚えている自分がいる。


その後少しだけ他愛のない話をしていると、ふとあの言葉を思い出した。

うゆ「あの、そういえば…出番の前に言われた言葉って…」

少しの沈黙の後、並べていた肩がこちらに向き直り、ジヒョンが少し物悲しそうに微笑んだ。

ジヒョン「…僕の率直な気持ちです」

こちらを覗くジヒョンの顔で視界がいっぱいになる。
あまりの近さにドキドキしているからか、美しい瞳に吸い込まれそうだ。

ジヒョン「こんなことを言ったら困ってしまうかもしれないんですけど…うゆさんと出会った瞬間から、この人なら僕の全てを見せられるかもって思ったんですよ。運命っていうか」

”運命”という言葉にドキッとした。でもその表情はどこか悲しそうだ。
深く考えて言葉を紡ぐ彼だから、きっとその一言にはきっと私には知り得ない思慮が含まれているのだろう。

ジヒョン「なので…他の人には言えないような弱音を吐いたり、カッコ悪いところも見せてしまっていたんです。今思えば本当に情けないんですけど」

そう言いながら視線を逸らす仕草に、やはり彼の弱い部分を感じずにはいられなかった。ユハモニに見せる優しくてさっぱりした性格とは違う、ずっと誰にも打ち明けずに生きてきた、どこかグレーに濁った部分を。

私が愛らしいと感じていた部分には、実は彼にとっては心に溜まったドロドロの悩みが混ざっていたことにやっと気づけた気がした。

ジヒョン「…日本にいる間に直接言いたかったので、言えてよかったです。これで悔いはないです」

その言葉に、何かただ事ではないニュアンスを感じた。
今この瞬間、何かが終わってしまいそうな予感がした。

思わず反射的に彼の手を強く握った。驚く顔をよそに、切羽詰まる気持ちをすぐに伝えたかった。

うゆ「私から見えるジヒョンさんは、どんな瞬間も素敵です。情けないなんて絶対に思わないでください」

この言葉に嘘はない。ユハモニとしても、イチ人間としても。ジヒョンという存在にどれほど救われたか、どれほど大切に思っているか、今この瞬間にどれほど感謝しているか、きっと彼は知る由もないだろう。

もしも涙でも流せない悩みのヘドロがジヒョンを苦しめているなら、今までどんな私も受け止めてくれた彼に恩返ししたい。彼を救いたい。その一心だった。

うゆ「私でよければ、どんなジヒョンさんもまっすぐに受け止めます」

まっすぐ目をみつめてそう伝えると、ジヒョンの目から大粒の涙がこぼれた。
今まで一度も見たことのない、まるで真珠のような美しい涙だった。

次の瞬間、また私を正面から抱きしめた。

ジヒョン「ありがとうございます…」

消え入るような、発するのが精一杯な彼の声をしっかり受け止めるために、自分自身も躊躇わずに本心を伝えた。

うゆ「私も、ジヒョンさんに出会えて幸せです」


程なくしてジヒョンの送迎車のクラクションが鳴り、ドアが開く。
涙を拭くためのハンカチを渡し、精一杯の笑顔で手を振り見送った。

ジヒョン「また連絡しますね、おやすみなさい」

うゆ「おやすみなさい、お気をつけて」

涙でパンダ目になったジヒョンの顔は、先程よりも自然な微笑みに変わっていた。


送迎車が見えなくなりふと後ろを振り返ると、荷物を持ったルイが立っていた。

うゆ「あ、ルイ。お疲れ」

何気なく声をかけたその瞬間、ルイの様子がいつもと違うことに気づいた。

ルイ「…やっぱそうだったんだ」

うゆ「え…?」

ルイ「ジヒョンと繋がれて幸せ?」

うゆ「な、何…?」

ルイ「たった数日で変わっちゃったね」

ルイの視線と言葉から殺気立っているのが伝わってくる。これは確実に軽蔑の前兆だ。

ルイ「目を覚ましな、うゆ。こんな時期に男のために全てを棒に振る気?」

うゆ「待ってよルイ、誤解だって…」

そう言いかけたそのとき、携帯用ミラーをこちらに向けられた。

ルイ「今のあんたの顔、過去一だらしないから。この顔でWeBelieveの前に立てるの?」

恐る恐る鏡を見ると、見送ったときの笑顔の残骸が口角と目じりに少し残っていた。あまりにも間抜けな顔だったが、先程のやりとりを理解すればきっとわかってくれるだろうとこのときはまだ信じていた。

うゆ「だから誤解なんだって…さっきは」

ルイ「考え直すまで話しかけてこないで」

あまりにも冷たく言い放つルイに、私は何も言えず立ち尽くしていた。

間もなくして一足先に送迎車で帰っていくルイの姿を、呆然と立ち尽くして眺めるしかなかった。



キャプション

「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。

「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。

「ほのぼのねこ ミミィ」
ジヒョンお気に入りの、イラストレーターが手掛ける黒猫のキャラクター。首元にピンクのスカーフを巻いており、うるっとした瞳が特徴。どんなピンチものほほんとした表情でくぐり抜けるシュールさが人気。口癖は「どぉしたの?」。

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