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【創作エッセイ】アイドルになれたら⑮

※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。


約束、必ず守るから。


あれから1カ月というタイムリミットの中、SHOUT OUT TVに向けてひたすら練習が続いた。今回のステージは、半年前にリリースした『AROUND』と、このステージのために用意した新曲『秘密』の2曲をメドレー形式で披露する。

『AROUND』は時計の秒針が加速するようにBPMが上がっていく独特な曲で、『秘密』ではミステリアスな西洋人形が舞踏会に迷い込んだような可憐で優雅な様子を表現する曲となっている。

振付師「しかしまあ難しいの選んだねぇ…『AROUND』でさえ大変なのに、『秘密』のバレエステップまでこなすのはなかなかよ?」

この2曲を提案したのはレミとルイだった。ダンサーズとしては、グループの世界観を最大限にアピールしたいとのこと。豪華なセットに見劣りしないよう、敢えて難易度の高いダンスを盛り込んで視聴者を惹きこみたいという熱いプレゼンが満場一致で可決された結果だ。

ルイ「みんな、この絶好の機会に絶対爪痕を残すよ!」

4人「おー!」

ときに倒れ込み、ときに血を滲ませながらも諦めず、空き時間の全てを練習に捧げた。


月日が流れて放送2週間前になり、ようやく出演者ラインナップが公開された。
今回もチャートを賑わせている著名なグループやアーティストが名を連ね、SNS上でも大層な盛り上がりを見せた。

その中でもひと際注目を集めたのは、紛れもなく彼らだった。

ヒヨ「ユメロの皆さんも出演されるんですか?!」

マネージャー「そうらしいですね~ヒヨさんも楽しみでしょう?」

ヒヨ「楽しみなのは勿論なんですけど、ちょっと心の準備が…」

ルイ「(ウザったい口調で)生のチャンミが見れるね~?」

ヒヨ「ルイちゃん、煽らないでください!」

ルイ「何よ、事実を言っただけじゃん」

ヒヨ「今のは完全に悪意しかなかったです!」

レミ「こらこらトムジェリ(ルイとヒヨのケミ名:よく小競り合いしているため)、落ち着きなさい」

レミの仲裁を横目に資料を読んでいると、カヤが傍にやってきた。

カヤ「うゆちゃんはこの間ぶりですね、ユメロさん」

うゆ「そうだね〜また会ったらご挨拶しなきゃ」

カヤ「ジヒョンさん、どんな方だったんですか?仲良くなれました?」

うゆ「優しくて良い方だったよ。誰に対しても分け隔てなくて、困ったらすぐに手を差し伸べてくださったし」

カヤ「うわぁ、ジェントルマンじゃないですか!推しにそんなことされたら軽率に惚れちゃいますって〜!」

自分が会ったわけでもないのに謎に1人で盛り上がるカヤに苦笑いしながら、再びラインナップに目を通した。ユメロと私たちが同じ文字列に存在しているという事実が、まだなんだか夢見ているような浮遊感を与えてくる。

騒がしい練習室の中で、資料に印刷された黒い文字だけが静かな引力を私にもたらしていた。


その夜、ジヒョンからビデオ通話がかかってきた。慌てて色つきリップを塗って応答すると、見覚えのある車に乗っている、白いTシャツにシルバーネックレスをつけた彼が現れた。

ジヒョン「うゆさん、お久しぶりです!会いたかったです!」

うゆ「ジヒョンさんお久しぶりです~お元気そうで何よりです」

ジヒョン「あの、SHOUT OUT TV!出演されますよね?!」

うゆ「はい、ジヒョンさんたちもですよね?」

ジヒョン「はい!またお仕事で会えるなんて嬉しいです!」

活き活きと話すジヒョンの声に、少しずつ緊張がほぐれていく。
私の帰国後もメッセージのやりとりはしていたけれど、電話はお互いのスケジュール的に時間が合わず、全くできていなかった。こうして直接話すのは2週間以上ぶりで、嬉しさを抑えることができない。

うゆ「スケジュールで日本に来られるって、このことだったんですね」

ジヒョン「そうなんです。発表前だったので詳しく話せなくてもどかしかったんですけど(笑)」

うゆ「そうだったんですね。私はちょうど日本に戻って来た日に知らされたんですよ(笑)」

ジヒョン「えっ、じゃあ練習期間短くないですか?大丈夫ですか?」

うゆ「今頑張って詰め込んでます(笑)社長曰く、前日に急にオファーが来たみたいなので」

ジヒョン「そうなんですね。それってきっと、WellBeeの皆さんがすごく期待されてるってことですよね」

そう言ってくれるのはすごく嬉しい。でも、今の自分にはどこか重荷に感じてしまう。日が迫るほどに、なぜ私たちが由緒ある舞台に?という心の角質はまた硬くなる。ジヒョンの純粋な言葉が今は針山のように感じる。

うゆ「そうなんですかね。私たちが場違いじゃなければいいんですけど…(笑)」

ジヒョン「??どうしてですか?」

うゆ「歴史あるあの番組の舞台に、まだ年数が浅い私たちが立ってもいいのかなって…正直少し怖気づいてます(笑)」

なるべく明るく、軽く流してもらおうと思ってヘラヘラしてみる。しかし、返ってきたのは想定外の返答だった。

ジヒョン「なるほど…実は僕も同じこと思ってますよ」

あり得ない、と心の中で強く思った。これほどふさわしい人間が、自分が尊敬してやまないアイドルが、自分と同じだなんて絶対にあってほしくない。
感情の奥底から、怒りにも似た複雑な感情が湧いてきた。

うゆ「U-MELLODさんは立つにふさわしいじゃないですか」

ジヒョン「…何故そう思うんですか?」

うゆ「だってチャートの席巻具合といい、コンサートの動員数といい、アーティストとして素晴らしい記録を更新し続けておられるじゃないですか。それに、U-MELLODさんを見ない日は無いってくらい数多くの番組や広告にも出演されてますし。そして何より、見た人が次々に夢中になっていくステージングができるってものすごく強いですよ。本当に尊敬でしかないです」

言い終わってからハッとした。私、今、誰に何を言った…?
無我夢中で放った言葉は、今更取り返しがつかないことになっていた。これはイメージ崩壊どころか、自分の感情すらまともにコントロールできない厄介な人間に認定されてもおかしくない。ましてや怒り口調で賛辞を述べるなんて情緒不安定だ。

おずおずとジヒョンを見ると、やや放心状態になりながらも眉毛が下がっていた。感情が眉の動きに出る癖は、ファンの間でも有名だ。

ジヒョン「…ありがとうございます」

うゆ「す、すみません。私ったら、つい…」

ジヒョン「謝らないでください。うゆさんの言葉、すごく嬉しかったです」

そう言ったジヒョンの顔は困り顔ながらもどこか照れくさそうで、焦りながらもなんだか穏やかだった。

ジヒョン「うゆさんの”尊敬”って言葉、今までのどんな称賛よりも心に響きました。僕らと同じく歌手として活動されてる方にも、良いグループとして認識してもらえてるんだなって思うと…すごく嬉しいし、もっと頑張ろうって思えます」

そう言うと、こちらの目をまっすぐに見つめてきた。

ジヒョン「うゆさんたちもそうなんだってこと、どうか知っておいてほしいです。僕らも、WellBeeの皆さんのこと尊敬してます」

喉の奥から何かが込み上げてくるような、今まで感じたことのない感動が押し寄せる。今まで誰よりもリスペクトし、その背中を追い続けてきたユメロのメンバーが、たとえリップサービスだとしても「尊敬」していると言ってくれた。考えが甘いかもしれないけど、たった一言でこれまでの努力が少しでも報われたような気持ちになった。そして何より、こちらの言葉を受け止めてくれたことにも感謝の気持ちが込み上げてきた。

ジヒョン「えっ、うゆさん大丈夫ですか?」

気がついたら本当に涙を流していたようだった。
ジヒョンの前では泣いてばかりな気がする。普段泣くことなんて滅多にないのに、ジヒョンの前だと自分の感情に嘘がつけなくなる。

うゆ「嬉し涙です…」

傍に置いていたタオルで目元を拭くと、おどおどするジヒョンが視界に入った。綺麗に整えてメイクされている眉があまりにも下がりすぎていて、思わず笑ってしまった。それを見たジヒョンが、更に不思議そうな顔をした。


その後も慰められながら少し話をし、そろそろ目的地に到着することをマネージャーさんに伝えるドライバーさんが声が聞こえた。おそらくこれから収録があるのだろう。

ジヒョン「あの…」

ジヒョンがいつになくもごもごしている。何かを伝えたいのだろうが、到着時間が差し迫っている。

うゆ「何でしょう?」

思わず食い気味に聞いてしまった。この通話が終わったら、次はいつ顔を見て話せるかわからない。後悔のないよう、しっかりと耳をすませた。

ジヒョン「また会ったときに…ハグしてもいいですか?」

顔から火が出そうなまさかの提案に一瞬脳がショートしたが、ジヒョンが続けた。

ジヒョン「不安なときは、誰かが近くにいた方が安心するので」

何気なくも温かい言葉に、練習生時代の幼いチャンミとジヒョンの姿が思い浮かんだ。
きっとジヒョンは誰かに甘えることが苦手なんだろう。兄貴分としてチャンミを抱きしめたように、本当は誰かに受け止めてほしいのかもしれない。しかしそれを同じ舞台に上がるメンバーに頼んだら、不安が伝染して迷惑をかけると思うのだろう。

うゆ「いいですよ、私でよければ」

優しくて不器用なジヒョンを受け止めるのは、きっと神様が私に与えた大切な試練だ。この機会ばかりは、誰も知らないジヒョンの弱さを知る権利と義務がある。

ジヒョン「ありがとうございます。ますます楽しみになってきました!」

そう言ってふわっと微笑む表情は、私の涙を受け止めてくれたあの夜と全く一緒だった。あまりにも美しくて、胸がぎゅっと締め付けられる。

うゆ「…私もです」

いつか伝える日が来るのかな。
この気持ちを加速させるのは、いつだって貴方だってこと。


キャプション

「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。

「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。

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