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考えない日記:雲の下、海辺のまち 2022.10.18

降らなかったので

 予報されていた雨が一向に落ちる気配を見せないので二輪車に跨り三崎方面へ走り出した。久里浜から海岸沿いに野比という町へ出ると、柵の向こうへ海が広がる。景色が進むと砂浜は黒から薄茶、ベージュなどへと変化を見せる。少し沖に鵜やカモメの休息する防波ブロックがあるが、なぜか誰一人休んでいないテトラポットもある。

 野比の街道沿いの人家の前で犬が欠伸をしていた。道路標識の上にはカラスがとまり羽根を休めていた。初夏に綿毛のように柔らかく見事な白い花を咲かせていた裏道の木は剪定され、葉の少ない貧弱な裸体をさらけ出していた。低い椅子に座りながら庭の芝生を刈っているオヤジさんがいた。歩道の信号が赤を示す一時停止場所で一旦止まり、左へ折れた。海を眺めながらアイスクリームを食べられる店があった。昔はコンビニがそこで営業していた。

 やがて、野比が終わり津久井浜が始まった。そこではウィンドサーフィンを楽しむ中年が平日の駐車場に機材を広げていた。沖ではハングライダーを風船のように膨らませたもので水面と戯れる姿もあった。重い灰色の雲の下、狭い砂浜にバケツを置いた釣り人が竿を振っていた。どんよりとくすんだ景色の中で、彼の赤い上着だけが目立っていた。

 右へ折れると三浦市へ入り、畑の道を進んだ。寒冷紗をかけられた苗が広がる農地の一角、堆肥小屋の物陰に隠れて速度違反を取り締まる仕事の人がいた。40キロ道路だった。



 坂を登り、三崎口駅の前を通過して小網代湾でヨットを眺めた。鳥が空を舞い、小魚が水面を慌ただしく移動していた。人気のない神社の境内を掃いている人がいた。以前訪れた際は工事中だった豪華な別荘が完成していて、外に車が四台ほど止まっていた。ぼう、っと雑木林を眺めているおばちゃんを追い越し、三崎港へ向かった。

 油壺の方から回って三崎港へ。老人ホームや小さなマリーナのある裏淋しい通りを下っていった。バイクのエンジン音が人気のない左右の壁を撫でていた。右手に小ぶりな造船所が姿を見せ、入り口には原付が止めてあった。派手さのない枯れ色の漁師小屋があり、男たちが白い車の前で団欒していた。




 三崎港へ着くと、施工前の防波ブロックの並ぶひらけた一角へ出た。奥の方に目新しい低層ビルのような建物があり、『FISH』の文字が一二階の壁面を使って堂々としていた。近付くと新設された専門学校の校舎らしかった。

 港でコーヒーでもと思いながら歩く人のまばらな平日の漁師町をぐるりと走った。開いているのかわからないコーヒーの看板を二軒ほどやり過ごし、そのままどこにも寄らずに北条湾を抜けた。急な坂を低速で登り本道へ出る。三崎警察署の前で、メガネに黄色い帽子姿の少年が不思議なケンケンをしながら横断歩道を渡っていった。



 人気のラーメン店や八百辰、フジスーパーを尻目にダラダラと坂を登った。マフラーを改造して重低音を響かせるようにした車が右側を抜かしていったが、アップダウンのある道の終わりの交差点で彼に追いついた。正面に消防署のある信号は赤を示していた。彼は右に、こちらは左に進んだ。このまま緩やかな下り坂を直進するとしばらく前に通った三崎口駅へ出る。体はすっかり冷え切り、別の上着を欲しがっていた。そろそろ本気でコーヒーを求める頃合いだった。古いエンジンは今日はまだ調子良く吹いていた。空は相変わらず降るか降らないかを決めあぐねたまま、そっと夕刻へ向け流れていった。

fine

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