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【短編】SFはファンシーパンダに乗って(4900字)

公園のベンチに空きがなかったので、子供用の遊具に腰を下ろし缶コーヒーを開けた。

動物を模した塊に跨って遊ぶアレ。
バネ式になっていてグワングワンと前後に揺れるタイプのものをよく見る。
幸い俺の腰掛けた、恐らく馬、はバネ式にはなっておらず安定しているのでコーヒーをこぼすことはないし、変な大人がはしゃいでいるようにも見えない。
向こうのはうさぎ、だろうか。
それにしては大きさの比率がおかしいと思うが、まぁどうでもいいことだ。

乾いた秋の風が枯葉を散らすと同時にため息を吐く。

「もしかして、あなたも帰れないんですか?」

と、突然背後から声がした。
子供の声だ。

驚いて振り向くと、オレンジ色のランドセルを背負った男の子が少し離れたところに座っているのが確認できた。
彼が跨っているのはパンダだ。
本来黒色の部分がファンシーなピンク色になっている。

「僕は帰れないんですけど、あなたもですか?」

少年は繰り返して言った。

帰れない?
どういうことだろう。
逡巡して思いつくのは、テストで悪い点を取ったので叱られるから家に帰れないとか、もっと何か深刻な、とにかく家に帰れない、帰りたくない何かがあるのだろうかということだった。

あなたも、というのはどういうことだろうか。
いや、確かに俺は今「帰れない」。
今帰社したとて、ろくな報告は出来ないからだ。
此処で一旦休憩して、もう少し回ろうと思っている。
少年の偶然のような問いかけに不思議な気持ちになるが、ひととき付き合ってやるか、と返事をした。

「ああ、そうだな。帰れない」

少年にも「帰れない、帰りたくない」何かがあるのだろう。同士として少しばかり仲良くしたってバチは当たらない。
そんな軽い気持ちで返した言葉であったが、少年の反応は予想を超えた。

「!やっぱり!!いつからですか?」

俺の返答を聞くなり、パッと顔を上げ、目を丸くして半ば叫ぶように言った。

「…いつから…、今朝会社を出てから、だな」

「……僕は3日前からです…」

「はぁ?!…3日…?!」

3日前から帰れない、家に帰っていないだと?
改めて少年を観察する。
歳の頃は10歳かそこら。
聡明そうな顔立ちでそこまで幼く見えないが、それでも6年生ほど大きくは見えない。

「3日前からここにいるのか?」

「…えぇ、まぁ、いや、色々転々と」

少年は曖昧に答える。

「…色々転々と、って…」

肩を落とした少年の姿をまじまじと見つめ、思いを巡らせる。
無慈悲なことと思うが、まず頭に浮かんだのは「此処にいて大丈夫だろうか」という不安だ。
3日も家に帰っていないという少年とこんなところで話していて大丈夫なのか。見咎められて、後々面倒なことになりはしないか。
捜索願が出されてはいないか。

と、そのすぐ後をこんな想いが追いかける。
家に帰れていない間、少年はどうしていたのだろう。
秋めいてきて夜は冷え込む中、寝る場所は?
食事は?充分に取れているのだろうか?
そんな想いを戦わせているところに、少年は口を開いた。

「…僕はこっちに来るときに記憶を飛ばしちゃったんです」

「?」

「リープの時にどこかに頭をぶつけたんでしょうね。それで、来たはいいもののミッションを忘れてしまいまして。」

「??」

「はじめに降りたこの公園のこの遊具が帰るためのトリガーなのは分かるんですが、肝心の何をしに来たのかが思い出せなくて。情けないですよね…。というかこのままじゃ2050年に帰れない…、あぁどうしよう…」

「…ちょ、ちょっと待ってくれ。」

「はい?」

少年は頭を抱える仕草をしたまま、キョトンとした上目遣いで俺を見つめた。

「何を言っている?」

「え、だから、あなたも“リーパー”なんじゃ」

なんだよ、“リーパー”って。
なんだよ、2050年って。

「違うんですか?!」

「何を言ってるのかさっぱりわからん」

俺がお手上げのポーズを見せると、少年の顔は見る見るうちに歪み絶望の色に染まった。

「うわぁぁぁ!やっちゃった!!記憶を飛ばした上に掟まで破るなんて…もうダメだ…。絶対に帰れない、僕はもう帰れないんだぁあぁあ!!」

少年はまた訳の分からないことを絶叫しながら悶絶した。
ファンシーなパンダはバネ式ではないはずだが、グワングワンと前後に揺れているように見えた。
俺はなんのことやらさっぱり分からず、ただただ呆然と見守るしかない。

「…すみません、ちょっと取り乱しました。」

しばしの悶絶の後、少年は冷静さを取り戻し居住まいを正した。

「昼間から公園の子供用遊具に腰掛けてる大人なんて“リーパー”しかいないと思ったもので。つい話しかけてしまいました…」

「…そうだよな」

俺が悪かった、と素直に認める。
しかし、少年の口から零れた意味不明な話は手放しに認める訳にはいかなかった。
それでも構わず少年は言葉をつなぐ。

「僕が忘れてしまったのは、“ミッション”のことだけで、あとはしっかり覚えているんです。小学5年生の僕が帰る家とか、通う学校とか」

「それで、当時の僕の家のこともよく覚えているんです。」

少年は寂しげに目を伏せた。

「当時、あ、今この時の僕の両親は多忙ですれ違いの毎日でした。学校の行事なんて来てくれるはずなくて…。僕はいなくても同然だったんです。だから、今、夜は家に帰って寝たりしてます。誰もいないことが分かっているので…」

俺は少年の話を黙って聞いていた。
そうするしかできることがなかったからだ。

「実は今回の“ミッション”は、僕の家族にも関わるものだったと感じているんです。思い出せないけど、そんな気がするんです。だから…」

ひゅうと強い風が吹いて、辺りの枯葉を散らした。
それきり口をつぐんだ少年は、真っ直ぐに前を見ている。
今度は俺の番だと言われている気がした。
すっかり冷えた缶コーヒーを飲み干してから口を開く。

「…俺が帰れないのはな、営業成績が悪いからなんだ。今日はまだ1件の契約どころか資料請求さえ取れてない」

足元の小石を蹴りあげる。
ラグビーボールみたいに不規則に跳ねたが、思ったほど遠くへは飛ばなかった。

「何となく原因は分かってるんだ。俺は2つの考えが頭に浮かんだ時にリスク回避を選択する。そういう選択を無意識にしてるうちに、いざと言う時に強く押せない性格に固まっちゃったんだよ」

そう吐き出してから少年に目をやると、神妙な面持ちでこちらを見ていた。

「なんてな、よく分かんないよな」

「大人って大変ですね」

「お前の方が大変そうだけどな」

先程まで絶望に打ちひしがれ悶絶していた少年は、すっかり落ち着きを取り戻し、はは、と笑った。
俺も一緒に、はは、と笑い空になった缶コーヒーを握りしめ立ち上がる。

「お前、腹減ってないか?」

「え?」

「此処で待ってろ」


少年の返事を待たず、俺は歩き出した。

少年の話はにわかに信じ難い。
“リーパー”だの2050年だの、一体何を言っているのか。しかし、SF少年の戯言だとしても、少年の存在自体は無視できない気がした。
いつもの自分なら、保身のための行動を取っていただろう。つまり、関わらないという選択だ。
それがなぜか、第2の選択肢を取ろうとしている。
コンビニの店内で、適当な食べ物をカゴに入れている。

「好きなものを食え、そして飲め」

公園に戻った時、SF少年はまだファンシーパンダに跨っていた。
その姿を認めるとなぜか深く安心した。

「え?」

「ちゃんと食わないとな」

コンビニの袋をのぞきこんで少年は元気よく言った。

「ありがとうございます!!」

目を輝かせ、ツナおにぎりを頬張る少年を見て、やっぱり子供だなぁと思う。
少年の話し方がやけに大人びていて、つい仕事の話までしてしまった。でも、こうして食欲を純粋に満たしている姿を見ると本来の少年らしさを感じて安心した。

大方、SF好き少年のフィクションなのだろう。
でも、家出は本当かもしれない。
フィクションの中で自分を守りたくなることもあるだろう。
少年には少年の、俺には俺の大変さがあるのだ。

さて、少年が腹を満たしたら警察に届けに行くか。

警察で要らぬ疑いをかけられて面倒な手続きになるかもしれない。そんな想いが頭を過ぎるも、そちらに傾くことはなかった。

「…どうも、ごちそうさまでした!」

少年がペットボトルの水を一気飲みしてから、言った。と、同時に少年の身体が眩い光に包まれた。

「…え?…」

俺たちは同時に声を漏らす。
しかし、少年はすぐに自体を飲み込んだようだ。

「…あ、そうか!これが“ミッション”だったんだ!そうか」

俺だけが置いて行かれている。
何が何だか分からない。

「僕はどうやらミッションを達成したようです!本当にありがとうございます!」

「…は?何だよ?どういうこと?何だよ、この光は?」

「僕はこれで帰れます。僕の“ミッション”はどうやらあなたの───」

そこで少年は、消えた。
持っていたペットボトルと最後の言葉を宙に浮かせたまま。
俺を置いて行った。




SF少年との出会いから一年が経った。
変わらない遊具が並ぶこの公園であの日を思い出す。

「僕の“ミッション”はどうやらあなたの───」

今の俺には、少年が何を言おうとしたのか分かる。
いや、恐らく。

少年が消えたあの日から、俺は変わった。
リスク回避を第一とする思考から、相手が求めているものを察知し応える思考へと変わったのだ。
そこに多少のリスクがあるとしても、何かを救えるなら、役に立てるなら、そんな想いから行動するようになった。
そんな思考と行動は、営業成績にも結び付き、俺は瞬く間に成長した。それまでは、リスク回避思考の消極的な性格が仕事に滲み出ていたのだろう。
純粋な献身の心で仕事にあたることで、営業先で信頼を得ていった。

これは、あの少年のおかげなのか?
分からない。ただ、あの日から俺は変わったのだった。



───2050年、春。

65歳になった俺は、会社を辞して悠々自適だが少し退屈な身となるか、会社に残り指南役として貢献するかの2択を前にしていた。

そして、今日はこの春就任した新社長との面談だ。
前社長の長男だということだが会うのは初めてである。

「初めまして、遠坂と申します」

深々と挨拶する俺の前にいるまだ若い新社長は、ゆっくりと立ち上がり言った。

「お久しぶりです。またお会いできて光栄です」

その第一声に驚いて顔を上げてみるが、その新社長の顔に見覚えはない。焦る俺を尻目に新社長は語り出した。

「あなたは、これまで我社に多大なる貢献をしてくれました。2つの選択肢から決断を迫られた時、保身の道を捨ててお客様の幸せ、喜びを最優先に考え行動出来る方です。一方でリスク回避に鋭いアンテナを張ることの出来る優れた才能を活かして社内のリスクヘッジに大きな力を貸してくれました」

新社長が求めてくる握手を呆然と受け入れる。

「あの日、あなたに会えて本当によかった」

「…あの、失礼ですが私をご存知で…?」

「あれ、まだ思い出せませんか?」

ショックだなぁ、と小さく漏らしながら新社長は肩をすくめる。

「あの時のツナおにぎりは美味しかったです」

「!?」

まさか、あの───

「SF少年!?」

「何ですか、その呼び方」

SF少年、いや新社長は、優しく苦笑した。

「僕の“ミッション”はあなたの思考を変えることで世の中の人々を救うことだったんです。あなたのおかげでどれだけの人が救われたか分かりません。もちろん僕の家族と僕も」

目の前の新社長、いや、大人になったSF少年の語る声を聞いていると、あの時の少年の大人びた口調が蘇ってきた。

「あなたが、あなた本来のリスク回避という能力を人々の救済のために使うと決断したことで、我社は大きな危機を乗り越えました。システムは大きく変わり、システムの変化は私の父を、そして私の家族を変えました」

「ありがとうございます!!」

元気な声でそう言ったあのSF少年が蘇る。
何だ、お礼を言うのはこちらだと思っていたな。
少年のおかげで俺は変わることができ、その後の人生が良い方向へ向かったのだ。

「もう少し、僕の“ミッション”に付き合ってはくれませんか?」

言いながらもう一度、右手を差し出すその男と少年の面影が重なる。

「喜んで」

重ねる右手に、ありがとうとイエスを込めた。

END


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