【ショートショート】ファインダー(620字)
僕には妻の死に顔が見える。
現像する写真にも、もちろん目の前の妻にも異変はない。だが、ファインダー越しに妻の死に顔が見えるのだ。
気が付いたのは、この古いカメラを道具屋で買ってまもなくのことだった。
ファインダーで妻を覗くといつも見えるのは、白髪の老婆。その面影が妻のものだ、と気付き、もしやこれは死の間際の妻の姿なのではないかと思うようになった。
ある日、自宅マンションの中庭で日向ぼっこをする妻を撮っていた。すると、いつもは老婆であるファインダー越しの妻は、今この瞬間の妻と変わらない姿に映ったのだ。
まさか…。
「どうしたの?」
不思議そうに僕を見つめる。
ファインダー越しの妻も同じ表情でこちらを見ている。
まさか…。そんなことがあるはずがない。
僕は放心状態のまま、カメラを手にゆっくりと後ずさる。
「危ない!」
その時、妻の叫び声が耳を貫いた。
次の瞬間、僕を突き飛ばし飛び込んでくる妻。
僕と妻は一緒に倒れ込んだ。
「…みゆき…?」
うつ伏せに倒れる妻の名を呼ぶ。
僕の頭上に降ってきた植木鉢。
妻はそれに気付き庇ってくれたのだ。
その下敷きになったのは僕の古いカメラだった。
「あぁ、よかった…!」
妻がゆっくりと起き上がる。
僕は妻を抱き起こしながら言った。
「あぁ、本当によかった!」
壊れてしまったカメラは、もう妻の死に顔を映さない。僕はもう、妻の死に顔を見ることはない。
恐らくは、いつか僕らが年老いてしあわせな時を一緒に過ごしたその後に、この目で見るまでは。
END
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