唾液

 救急車のサイレンに唾液が出る。サイレンがだんだん近づいてきて、ごくりごくりと生唾で喉が潤う。

 この現象は何だろう、サイレンの赤から梅干しでも連想したのだろうか。しかし生まれてこの方、そんなことは一度も無かった。

 心当たりがあるとすれば、この前職場でボクは貧血だか過労だかで、ばったりと大の字で寝転がってしまった。意識がなかったので覚えていないが、皆パニックになって、危うくボクの元気な心臓にAEDの電気ショックが与えられるところだったらしい。AEDは心拍が正常なら電気ショックしないようになっているので助かった。それでその時、救急車に乗せられて点滴を打った。その点滴でボクはすっかり元気になって、その日のうちに退院して、一日休んで出社した。体がその点滴の味を覚えているのかもしれない。救急車のサイレンの音が低くなり、遠のいていくのが分かる。ボクは涎を拭った。

 体が点滴を欲している、それを唾液で伝えている、これは果たしてただの栄養不足なのだろうか、じわりじわりと効きの弱いアレルギーのようなものがボクを蝕んでいて、それで救急車に乗せてくれと言っているのではないか、そうだとしたら、ボクはもうここには居られない。ようやく決心が付いた。この職場を辞めることにした。

 サイレンは聞こえなくなって、唾液も止まった。逃げたというなら笑えばいい、ボクはボクで居続けるために進んでいるのだ。

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