うたうこと【短編】

 カラオケは苦手だ。何も言わなくても一回は回ってくるから歌いなよ、と言われていたけど、結局回ってこないまま終わってしまった。それはそれで何だかモヤッとした。テスト終わりの打ち上げにカラオケ行こうぜ、と男子たちが言い出したのだ。まあ私には関係ないお企みがあるんだろう、という浮ついたものを感じないではなかったけど、みんな行くというので私も初めてのカラオケというものに行ってみることにした。しかし歌わず仕舞いであった。
 テストが終わり次の日は休みだったけれど、私はただの割り勘要員に終わった昨日のことを、未だ消化しきれていなかった。あのあと私たち燃料部隊は切り離されて、何人かでご飯にでも行ったのだろうかとか、どうせなら一曲歌って、あっと言わせてやりたかったとか、そんなことをぐるぐる考えてしまう。人前で歌ったことなんてないのだけれど。
 思い立って自転車のペダルに足をかけた。太陽が高く上っていて、私は鼻歌交じりだった。私はカラオケに来た。
「えっと、一人です」
「会員証はお持ちですか?」
もちろん持っていなかったので作った。とりあえず1時間と言って、案内された部屋は無駄に広かった。ヒトカラ用の部屋なんてないのだ。ワンドリンク制です、と言われてお茶を注文した。なんだかそわそわして、居心地が悪くて、マイクを握って恐る恐る声を出してみるとお風呂なんてもんじゃないくらいに反響して、自分の声とはかけ離れて聞こえた。隣の部屋から漏れ聞こえてくる声を聞いていると、まるで歌う気になれなかった。デンモクを手にとって、知ってる知ってる知らない知らない、と履歴に並んだアーティスト名を追っていたらお茶が運ばれてきた。
 キンキンに冷えたお茶がストローから空きっ腹に染みていくのを、しばらくの間感じていた。腹が減ってはなんとやらである。デンモクをフードメニューに持ち替えた。メニューはちょっとしたレストランくらい充実していて、私は悩んだ末に受話器を上げて、スペシャルラーメンを注文した。
 知ってる知ってる知らない知らないをやっているとラーメンが運ばれてきた。思ったより大盛りで、こってりスープに中太麺という、行列ができそうなラーメンであった。気合を入れて腕をまくりをした。ずるずる、ずるる、リズミカルにすする音がこの部屋に入ってから一番心地よく感じた。残り時間があと10分だと言われ、延長はしないと伝えた。私は額に汗をにじませながら分厚いチャーシューと格闘した。なぜこんな本格的なラーメンが出てくるのか、とにかくあと10分以内に食べきらないといけないフードファイトがこの部屋では行われていた。そして私は勝った。時間内に完食してポカポカの胃を携え揚々と店を出た。
 自転車のペダルに足をかけ、漕ぎ出すとともに私は歌い始める。田んぼ道を回って、あの履歴にあった知ってる知ってる、の中から順番に。

 次の週に登校すると、あそこの二人が付き合っただのという話題がすぐに耳に入ってきた。
「えー、ヒラちゃん次の日ヒトカラ行ってたの?」
「うん、だってあの日は歌えなかったし、でも結局ラーメン食べて帰っただけになった」
「なにそれ」
と言って笑われた。
「あの二人が付き合うせいで、私はちょっと太った」
「自業自得でしょ」
とまた笑われた。

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